【TIFF】湖上のリンゴ(コンペティション)
作品紹介
辺境の地。伝統楽器の名人になる夢を持つ少年は、師匠のお供で遠出をする。そして女の子にリンゴの土産を約束するが…。伝統と文化を絶景の中で堪能する現代の寓話。チェリッキ監督は『沈黙の夜』で第25回TIFF最優秀アジア映画賞を受賞。
クロスレビュー
藤澤貞彦/リンゴの気持ちはよくわかる度:★★★★☆
凍った湖に齧りかけの1個のリンゴが落ちている。2人組の男がそれに気が付き、サズという楽器を持った吟遊詩人(アシーク)のほうにひとつの物語を語らせる。8年前、湖が凍っているところを偶然通りかかった監督が、村の人を連れてきて即興的に撮影したこの場面からこの映画は誕生した。ひとつのリンゴから物語が生まれる。そうしたことひとつをとっても、この作品には吟遊詩人の心がある。アシークの名人たちが集まり競い合うシーンの楽しいこと。その様子はまるで現代のラップバトルのようでもある。謎が出され、それを名人たちが解くといった趣向もあり、かつては誰もが楽しんでいた娯楽であったことが偲ばれる。干ばつに襲われた村では雨乞いの儀式が行われるが、それは形がい化し生贄の羊の肉を巡って人々は争う。かつては尊敬を集めていたアシークも、大切にはされていない。凍ったリンゴは主人公の少年の切ない初恋の心のかけらというだけではなく、失われゆく文化の甘酸っぱい惜別の香りが閉じ込められている。
鈴木こより/リンゴがもつ意味深度:★★★★☆
冒頭、氷上の湖に凍ったリンゴの画がどーんと現れて、「そのまんまや!」と心の中で呟く。その直後、通りかかった2人の男がそのリンゴを見て「若い女がかじったのでは」などと豊かに想像を膨らませ、観る者の期待を煽りながら、意味深に物語も始まるのである。リンゴは時に「禁断の果実」として手に入らないものの象徴として描かれるが、本作でも主人公の少年の夢のモチーフとして描かれる。少年にとっては好きな女性だったり、アシークという仕事だったり、豊かな土地なのかもしれない。その全てが目の前にあったように思えたけれど・・・。投げられて凍ったリンゴは諦められた夢なのか。腐らずに残った夢の欠片と受け取りたい。
第32回東京国際映画祭
会期:令和元年10月28日(月)~11月5日(火)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:https://2019.tiff-jp.net/ja/