【TIFF】ラ・ヨローナ伝説(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

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ジェノサイドを指示した罪で告発される将軍とその一家。豪邸では使用人が逃げ出し、新たに謎めいた女性が雇われるが…。中南米に伝わる怪談「ラ・ヨローナ」伝説を取り入れ、虐げられる女性たちの復讐を描く格調高い社会派スリラードラマ。

クロスレビュー

藤澤貞彦/黒髪の貞子度:★★★★☆

水の滴る音、どこからともなく聞こえてくる女の泣き声、西洋では汚れた霊の象徴でもあるカエルの出現、群衆の中に忽然と現れ滑るように人の間を通り抜けていく霊、溢れる水のイメージ。子供を溺死させ、自らも川に身を投げたヨローナが白いドレス姿の悪霊となり、水のあるところに現れる。そんな中南米に伝わる伝説のイメージを雰囲気たっぷりに現代に蘇らせている。その霊の怨念から、82年から83年にグアテマラで起きた政府によるイシル族虐殺事件の様子が、文字通り水面に浮かび上がってくるという構成と、その事件に関わり裁判中の将軍とそれに向き合わされる家族の葛藤がとても興味深い。それにしても、証明する事ができないからと虐殺がなかったことにされたり、反対すれば、それを無かったことにしたい人たちから左翼呼ばわりされたりするというのは、今や他人ごとではなく、実に霊以上に怖かったりするのだ。
 

外山香織/本国での上映を願う度:★★★★★

邦画に慣れ親しんでいる人が見れば本作に登場する不思議な女性ヨローナは「貞子」以外の何者でもないだろう。洋の東西を問わず女性の怨霊とはこのようなイメージなのだろうか。それはそれとして、オカルト的な展開で観る者の興味を引っ張りながら、ベースにあるグアテマラで過去に起こった悲惨な虐殺事件を心に刻印することに成功している。虐殺を指示したとして訴えられる将軍の妻、娘、孫娘、家政婦といった女性たち。民衆からすれば将軍を匿っている点で加害者側なのだが、身勝手な男に振り回され民衆からも罵られている彼女たちもまた被害者なのだ。冒頭、彼女たちの呪詛のような祈りの場面で始まるのはその複雑な立場を象徴していると言えるだろう。ヨローナの登場以降、将軍の言動はますます常軌を逸し、家族の中には一層の波紋が広がっていく。最後に将軍の妻が自分で決着を付けた(つけざるを得なかった)のは納得のいく展開であったが、それで幕引きとならないことに、監督のメッセージをひしと感じる。本作が本国グアテマラで上映されること願う。
 

ささきまり/女性陣の髪がそれぞれ、常に美しい度★★★★★

将軍一家の屋敷をとり囲む、怒れる群衆。ある日、その人波を泳ぐように登場するアルマの、美しい黒髪と眼力。ああ…来たな、貞子…感がすさまじい。ゲリラを洗い出すという大義名分を掲げて、弱者への暴虐の限りを尽くした将軍=「裁かれない悪党のボス」の前に30年の時を越えて現れた彼女は、一家の女性たちそれぞれと、少しずつ共鳴していく。それはスクリーンのこちら側も同じで、日が暮れ、群衆がろうそくの火の傍で奏でる民族音楽をなんだか心地よいものに感じ始めたあたりから、観客はおそらくもうアルマの意思にとりこまれていたのではないだろうか。上映後、ティーチインに現れたブスタマンテ監督は、ナチュラルで気負ったところのない、おしゃれな若者に見えた。その彼が「若い人に映画を観てもらうにはヒーローものかホラー。だからこの形をとった。グァテマラを変えられるのはもう、若い世代だけだから」と語った。彼の作品を、もっと観たいと思わされた。



第32回東京国際映画祭
会期:令和元年10月28日(月)~11月5日(火)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:https://2019.tiff-jp.net/ja/

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