プライベート・ウォー
戦場はむごい。自分に戦場へ行く勇気はないが、現実の惨状を知ることができるのは、銃弾飛び交う危険地域を命がけで取材する記者がいるからだ。彼らは決して大本営発表ではない、自らの足で、耳で、目で感じたものを世界に発信している。
本作はシリアで殉職したジャーナリスト、メリー・コルヴィン(1956-2012)の壮絶な後半生を描いたもの。彼女はレバノン内戦や湾岸戦争などの世界中の戦地に赴き、2001年には内戦下のスリランカ入国禁止を無視し、取材中に戦闘に巻き込まれ左目を失明。それ以降、黒い眼帯を着用し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみ、悪夢にうなされ、酒やタバコやセックスに逃避しながらも戦禍に苦しむ人々の声を聞くために、書くために、世界へ発信するために、戦場と人生を駆け抜けた。
「あなたの話を書きたい」。メリーはそう語りかけ、取材を始める。相手は戦争で全てを失った、弱き人々。リビアのカダフィ大佐の独占インタビューに成功し、数多くの賞を受賞し、いわばスター記者である彼女だが、戦争の最大の被害者の声なき声を何よりも重視している。その根幹となるのが、「あなたの話を書きたい」という熱い思いなのだろう。劇中、何度もメリーの口から発せられるこの言葉が、心に響く。時に傍若無人に思えるような行動もとる彼女だが、取材者に対してはとても誠実だ。そしてこの言葉が彼女自身を支え、奮い立たせているのかと思うと、ジャーリズム精神には心底尊敬する。自分には絶対にできないから、なおさら。
ただ本作は、故人となったメリーを神格化しているわけではない。もちろん彼女の勇気や情熱は素晴らしいが、一方で彼女の無謀な取材が周りの人々を危険に晒してしまったり、我を通そうと上司と衝突したりする。万人に愛される人物とは言い難く、結婚生活の破綻や人間関係が上手く築けないなど、彼女の欠点もかなり赤裸々だ。メリーの光と影の対比というより、むしろ影の要素が多い。ロザムンド・パイクはそんな複雑なキャラクターであるメリーを大胆かつ繊細に演じており、彼女のキャリア最高のパフォーマンスだと思う。
監督はシリアを舞台にした傑作ドキュメンタリー『ラッカは静かに虐殺されている』(17)のマシュー・ハイネマンで、本作が劇映画デビューとなった。特にメリー最期の地となったシリアの描写は凄まじく、ドキュメンタリーで培った手腕をいかんなく発揮している。実際のシリア難民にエキストラで出演してもらうなど、リアルな現状を映し出すことに成功している。
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9月13日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー