(ライターブログ)ハウス・ジャック・ビルト

地獄を旅する男 【映画の中のアート #19】

さて、その地獄ツアーの一場面を描いたのが、冒頭で紹介したロマン主義の画家ウジェーヌ・ドラクロワ(1798~1863)による「ダンテの小舟」(1822)です。絵の方をよく観てみましょう。

ドラクロワ「ダンテの小舟」

小舟に乗り地獄のアケローン川を渡るダンテとウェルギリウス。まず目を引くのは川から小舟にしがみついたり、争い合っている罪びとたちです。彼らの体つきはミケランジェロの絵のように立派ですが、その表情はもはや人間性を持ちあわせず、観る者に恐怖を感じさせます。それは赤いフードを被ったダンテも同様で、右手を上げておののき思わずウェルギリウスに引っ付いていますね。それに比べてガイドのウェルギリウスはいたって冷静。この二人のポーズも彼らの関係性をよく示していると言えます。地獄の川は、川とはいえ亡者のせいで水面は激しくゆれ海のような波しぶきが見え、ウェルギリウスの隣で必死に船を操る青いローブの逞しい船頭の肉体がその困難さを象徴しています。この絵はドラクロワのサロン・デビュー作ですが、実際の海洋事故を題材にしたジェリコーの「メデューズ号の筏」(1818~1819)にインスパイアされているとされています。インスパイアのインスパイア。芸術と言うものは、まさにこういったものの連鎖で成り立っているのですね。そして『ハウス・ジャック・ビルト』もまた然り。「ダンテの小舟」そっくりのこのポスターを見れば、この映画に「神曲」ネタが刷り込まれていることは一目で理解できる仕掛けなのです。

ジェリコー「メデューズ号の筏」

さて、『ハウス・ジャック・ビルト』を観ると、ジャック(マット・ディロン)が狂気の連続殺人を犯していく模様がたっぷり5エピソード描かれています。主人公が固執する自分の「家」作りと殺人との関係性は正直よく分かりませんが、観客にとってはこれを延々と見せられるだけでまさに地獄。最後の方でジャックはヴァージ(ブルーノ・ガンツ)ことウェルギリウスに導かれようやく地獄へ旅立ちます。ところがここまで残虐至極を尽くしたジャックでも行くべき地獄は最下層ではないという。殺人は第七圏の暴力の範疇。最も深い第九圏の「裏切り」は……おそらくダンテが故郷を追われたことと無関係ではないのでしょう。「神曲」ではベアトリーチェの案内で天国を巡るダンテですが、ジャックはどうなるのでしょうか? 顛末はぜひ映画で確認していただきたい。

(C)2018 ZENTROPA ENTERTAINMENTS31,ZENTROPA SWEDEN,SLOT MACHINE,ZENTROPA FRANCE,ZENTROPA KÖLN

結論: ダンテの「神曲」に霊感を与えられた人物がここにもいた。


▼絵画▼
ウジェーヌ・ドラクロワ「ダンテの小舟(地獄のダンテとウェルギリウス)」1822年
ルーヴル美術館/パリ、フランス

サンドロ・ボッティチェリ「地獄の見取り図」(1490)
ヴァチカン教皇庁図書館/ヴァチカン

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ「ベアータ・ベアトリクス」(1867-1870)
テート・ギャラリー/ロンドン、イギリス

テオドール・ジェリコー「メデューズ号の筏」(1818-1819)
ルーヴル美術館/パリ、フランス

▼参考文献▼
「ドラクロワ『ダンテの小舟』―理想主義と近代性」ジェームズ・H・ルービン 清瀬みさを訳 三元社
「欲望の名画」中野京子 文藝春秋

1 2

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)