柳下美恵のピアノdeシネマ2019 特選エルンスト・ルビッチュ『陽気な巴里っ子』
5月3日(金)19時より渋谷UPLINKにて、柳下美恵のピアノdeシネマ2019の第二部として「特選エルンスト・ルビッチュ」と題し、『陽気な巴里っ子』が上映されました。解説は第一部に引き続き新野敏也さん(喜劇映画研究会代表)。柳下美恵さんのピアノ演奏は、先ほどとは打って変わり、タイトルから往年のシャンソンを思わせるような、軽やかなメロディを奏で、すっかりお洒落な気分に浸らせてくれます。しかし、後半ダンスホールでのダンスシーンに及ぶと、チャールストンのリズムが炸裂し(チャールストンそのものを演奏するのではなくて)、見事に狂乱の20年代の気分を満喫させてくれたのでした。
『陽気な巴里っ子』 So This is Paris 1926年
ストーリー
アパートの向かいに住む医者夫婦とダンサー夫婦という2組のカップルが、お互いの伴侶を口説こうとするが、そこに数々のすれ違いや勘違いが挟まって絶妙な笑いを生み出していく。ダンスホールにおける多重露光を使った目くるめく万華鏡のようなダンスシーン、妻に怒られた夫が、文字通り小さくなっていく特殊効果など、視覚的にも楽しい作品。
新野さんによる作品紹介
天下の洒落者、ドイツ系ユダヤ人のルビッチュ監督が、ハリウッドの視点で描いたパリの享楽!不実、不一致、不倫など、大人の嬌態を笑い飛ばす、軽妙でフェティッシュな構成をご堪能下さ———-い♪
詳細解説(上映前)
新野敏也さん
第二部は、先ほどとはだいぶ感じが違います。今度はお洒落な感じになります。この映画のポイントは窓とステッキになります。それが色々な意味で大人のちょっとエッチな洒落になったりします。
この作品は、ルピッチュがハリウッドに来て、7作品目にあたります。プロデューサーはダリル・F・ザナック。後に20世紀フォックスのプロデューサーになる人です。前作までは制作補という感じだったのですが、これが正式にルビッチュ映画のプロデュースをした第1作目となります。元々この人は喜劇の帝王と言われておりますマック・セネットの助手をしていまして、この映画が独立第1作目となります。そういうこともあって、要所要所でマック・セネットと雰囲気の似ているギャグも見られます。後半のトーキーになってからのルビッチュとはだいぶ装いも違っていて、お楽しみいただけるかと思います。特にピアノの伴奏が入りますと、味が濃く美味しく観られるかと思います。
詳細解説(上映後)
新野敏也さん(以下新野) この作品は、2年前に『結婚哲学』という映画が大ヒットして、その後の公開だったために、日本では二番煎じと言われて、あまり当たりませんでした。けれども逆に製作国のアメリカでは、この年のニューョークタイムズのベス10にも入り、大ヒットしております。
日本で当たらなかった理由は、作品の中に当時の流行が沢山入っていて、日本人にはピンとこない部分があったからなのかもしれません。例えばラジオで放送を聴いているシーンをとってもそんなことが言えるかと思います。既に生放送の番組が作られていたということを入れておりますし、そのダンスのシーンも、流行の最先端を取り入れています。ラジオの生放送に関しては、第一次世界中に周波数を合わせるためのヘテロダインという装置が開発されて、大戦後にその軍用放送の技術が転用されて、全国的にラジオがよく聴こえるようになったことから、この頃から始まったものだったのです。
柳下美恵さん(以下柳下) 私が流行ということで最初に気が付いたのは、主人公の向かいのアパートに住む夫婦のダンサーが『禁断の果実』の練習をしている場面で、夫がアラブの首長の格好をしているところです。当時大人気のルドルフ・ヴァレンチノ主演で作られた『シーク』(1921年)が大ヒットしていたので、それに影響されたのかなと思ったのですけれども。
新野 恐らくそうでしようね。あとアメリカとパリでは、(ウディ・アレンが好んでこの時代を描いていますが)チャールストンが流行していたのですね。当時アメリカでは、フランス系の人が沢山いるのですが、フランス人、特にパリの人間は、男は軽薄で女は尻軽というふうに思われていました。それをテーマにこの映画は作られております。向かいのアパートのラレ夫人がダンスホールに行って踊っているシーンで、下品な笑い方をしているなぁって思いましたものね(笑)
柳下 ラレ夫人は、衣装によって同じ人に見えなくて、主人公のポールが呼び出されて外で会った時に、向かいのアパートの人と同じ人物なのかが、最初はちょっとわからなかったです。勿論、そのうちわかってはくるのですが(笑) 結局この映画は、2組のカップルの不倫の顛末という感じで、それなりに皆がボケていたという印象です(笑)
新野 人物の出入りなどのズレ方、タイミングが合ったり合わなかったり、すごく微妙で、この辺ルビッチュ上手だなと思いますね。予算に関しては、キートンの初期の長編とあまり変わらないのですが、この映画の中で一番お金がかかっているのは、推測ですけれども、奥さんに怒られて主人公が小さくなっていってしまう合成ではないかと思います。
それと映画は全部ワーナーのスタジオで撮っているはずなのですが、自動車は当時のフランスに合わせて、右ハンドル左側通行になっています。この映画の翌年からヨーロッパはイギリスを除いてすべて左ハンドル右側通行というふうになるのですね。その辺りをきちんと描いています。それにしても、特にお医者さんの乗っているロールス・ロイスはすごいなって思いました。
作品情報
『陽気な巴里っ子』
So This is Paris 1926年[アメリカ映画/DVD/81分]20コマ再生
ワーナー・ブラザース配給、エルンスト・ルビッチュ・プロダクション作品
製作:ダリル・F・ザナック 監督:エルンスト・ルビッチュ
脚本:ハンス・クレイリー
撮影:ジョン・J・メスコール、特殊効果:F・N・マーフィー、
出演:モンテ・ブルー(医師のポール・ジロー)
パッツィ・ルース・ミラー(その妻 スザンヌ)
ジョージ・ベランジャー(ダンサーのモーリス・ラレ)
リリヤン・タッシュマン(その妻 ジョルジェット・ラレ)
マーナ・ロイ(ラレ家のメイド)
※写真資料提供:©喜劇映画研究会&株式会社ヴィンテージ
プロフィール
≪新野敏也(あらのとしや)さん≫
喜劇映画研究会代表。喜劇映画に関する著作も多数。
最新刊「〈喜劇映画〉を発明した男 帝王マック・セネット、自らを語る」
著者:マック・セネット 訳者:石野たき子 監訳:新野敏也 好評発売中
Web:喜劇映画研究会ウェブサイト
「君たちはどう笑うか」
≪柳下美恵(やなしたみえ)さん≫
武蔵野音楽大学ピアノ専攻卒業。1995年朝日新聞社主催『光の誕生 リュミエール!』でデビュー以来、国内外で活躍。全ジャンルの伴奏をこなす。欧米スタイルの伴奏者は日本初。2006年度日本映画ペンクラブ奨励賞受賞。原一男、篠崎誠、西原孝至監督など新作映画の音楽も手掛ける。)