柳下美恵のピアノdeシネマ2019 ローレル&ハーディ特集

ローレル&ハーディ、不条理と狂乱の世界【解説:新野敏也さん】

柳下美恵さん、新野敏也さん

大型連休中の5月3日(金)渋谷UPLINKにて、今年4回目となる柳下美恵のピアノdeシネマ2019が開催されました。第一部は、今『僕たちのラストステージ』公開され、注目が集まっているローレル&ハーディの特集。新野敏也さん(喜劇映画研究会代表)セレクトの最強プログラム3本が、氏の詳細な解説付きで上映されました。『貴様がヘタクソだ』は、サイレント映画なのに、大胆にも楽器を使ったギャグの連続。ローレル&ハーディの演奏がオーケストラの調和を乱したり、彼らが変な音を鳴らしたりといった、音を当てるのが難しい描写を、柳下美恵さんがピアノ1つ、それも絶妙なタイミングで表現されていて、場内は笑いに包まれました。

『貴様がヘタクソだ』You’re Darn Tootin’ (1928年)

ストーリー
オーケストラの団員を首になったローレル&ハーディは、街頭ミュージシャンとして再起を図ろうとする。しかし、2人の呼吸はまったく合わず演奏はヨレヨレ、お金を入れてくれる人などあろうはずもない。やがて2人はその責任をなすりあい大ゲンカをするのだが、なぜか通行人まで巻き込んで、街が大混乱になっていくのだった。
新野さんによる作品紹介
ボケとツッコミの始祖によるペシミスティックな狂騒劇。元オーケストラ団員が市街戦を誘発する!ヒロイン不在の展開、不条理と狂乱、呼吸困難になるほど「毒気の笑い」が繰り広げられるヤバイ短編です。



詳細解説(上映前)

柳下美恵さん
本日はサイレント映画末期から活躍したローレル&ハーディの特集になります。現在彼らの晩年を描いた『僕たちのラストステージ』が公開中ですが、今回は彼らの初期の作品をご覧いただきます。音楽はいつも基本的には即興で弾いていますが、今日はローレル&ハーディ作品がトーキーになった時に使ったテーマ曲♪クークー(Ku-ku正式タイトルDance of The Cuckoos/マーヴィン・ハットレイ作曲)をちょっと弾きます。2番目の作品はトーキーなので最初にそのテーマ曲がチラッと出てきますので、こちらも併せてお楽しみください。では解説の新野敏也さんをお呼びしたいと思います。

新野敏也さん
先ほど柳下さんが少しだけお話されていましたけれど、『僕たちのラストステージ』というのはローレル&ハーディの伝記映画なのですが、とにかくソックリです。顔が特殊メイクで似ているというだけでなく、しゃべり方、イントネーション、声もソックリです。

ローレル&ハーディはサイレント期の最後のほうでデビューしたことから、フィルムの配給は、劇場にトーキー用の設備が完備されてから始まっております。そうした関係で、サイレントというのは、通常は1秒に16コマから20コマくらいの撮影スピードなのですが、ローレル&ハーディの作品は最初からトーキー用の24コマの撮影スピードで撮られております。

そのため、初期のサイレント映画のように、ステージで役者が演じているというよりも、撮影のアングル、カット割りが工夫されていて、今の映画に近い雰囲気になっております。彼らの作品は、残虐なギャグばっかりではありますが、それが見どころと言えるかもしれません。『僕たちのラストステージ』を先にご覧いただいていて、シンミリしている方は、本物はこんなに残酷な人たちだったのだって思われるかもしれません。『貴様がヘタクソだ』は、まだその初期段階ですけれども、このコンビに特徴的な反復のギャグをイヤっというほどお楽しみいただけるかと思います。



詳細解説(上映後)

新野敏也さん
いかがでしたか。大変ヒステリックな映画でしたね。ローレル&ハーディのサイレント映画は、サイレントからトーキーへの移行期に当たりましたので、トーキー設備のない劇場では、今日の上映のようにピアノの伴奏を入れたり、またオーケストラによる伴奏を行ったりしていたのですが、トーキーの設備がある映画館では、音楽と効果音が入っているサウンド版のフィルムが配給されていました。実はうち(喜劇映画研究会)が所蔵しているこの映画のプリントは、公開当時の音楽、効果音が入っています。

今ご覧いただいたものは、ローレル&ハーディの作品としては、かなり初期の作品ではありますが、カット割り、撮影がすごく工夫されております。ところが、おそらく完成した後にカットが足りなくて、もう一度練り直したのではないかと思うシーンがあります。ローレルがハーディの帽子を落っことして踏んづけたあと、次のカットの時、殴り合いで破れていたはずの彼らの服装が、何回か前のシーンの綺麗な状態に戻っているのです。それでまた殴り合いが始まるのですが、おそらく編集の段階で、もう1回しつこくこのパターンを繰り返そうと思いついたものの、他に撮ったものがなかったため、前のカットをもう1回焼き直して使ったのかなと思います。


作品情報
『貴様がヘタクソだ』
You’re Darn Tootin’  1928年 [アメリカ映画/DVD/21分]
M.G.M.配給、ハル・ローチ・スタジオズ作品 製作:ハル・ローチ
監督:エドガー・ケネディ 脚本:H・M・ウォーカー
撮影:フロイド・ジャックマン
共演:オットー・レデラー(指揮者)、クリスタイン・J・フランク(警官)

『ミュージック・ボックス』The Music Box(1932年)※トーキー

ストーリー

シュワルツェンホーフェン教授現る

運送業の会社を興したローレル&ハーディの最初の仕事は、自動演奏付きピアノの運搬。唯一頼りの馬車に大きなピアノを乗せて、宛先の場所に来てみれば、家の前には長い急坂が立ちはだかり、行く手を阻む。止むを得ず2人は人力でピアノを運ぶことにするのだったが、呼吸がなかなか合わず、ちょっと坂を昇ってはピアノが坂を転げ落ちる有り様で、目的地になかなか着けない。果たして運搬は無事に終わるのか。『僕たちのラストステージ』では、せっかく上までスーツケースを持ち上げたのに、ほっとした瞬間、荷物が階段を転げ落ちていくという形で、このギャグが再現されている。
新野さんによる作品紹介
1932年アカデミー短編映画賞(短編コメディ賞)作品。ピアノdeシネマ初の試みとして、【ピアノを完全否定する】兇悪な喜劇を柳下美恵がお客様と共に鑑賞…怒りのコメントが炸裂するかも!?反復と破壊の連鎖が旋律(戦慄)を奏でる、極楽コンビの最高傑作!


詳細解説(上映前)

新野敏也さん
トーキーの最初期の頃ですと、お客さんの受けを狙って、例えば頭を叩く時、楽器を使ってコーンという音を出すなど、誇張された効果音を入れることがよくありました。また、サイレント映画時代に楽士さんたちが演奏していた延長で、音楽がないと間が持たないのではないかという風に演出の人が思っていたのか、必要以上にBGMが流れていたりします。

これからご覧いただく作品は、逆にそのようなBGMはなく、映画中の出来事で起きた音を自在に使っています。特筆すべきことは、同時録音とアフレコを巧みに使っているところです。オーディオ機器に詳しい人に音を聴き比べていただくと、カットによって現場での同時録音なのか、あるいは編集で後から音をかぶせているのか、その差がわかるかと思います。


詳細解説(上映後)

新野敏也さん(以下新野) 「いかがでしたか」

柳下美恵さん(以下柳下) ここではこんな風に音を出すのかなどと、我が身に置き換えて観ていました。

新野 この映画はピアノをピアノとして扱っていなかったですよね。

柳下 アップライトピアノは100キロ近くあって、本当にあんなことをしたら、俳優は死んでいると思います(笑)

新野 何回も下敷きになっていますものね(笑)

柳下 だからあれは何が入っていたのかなとか、ピアノを知ってる人は考えちゃいます。

新野 心が傷つかないように、何とか頭を切り替えてご覧になっていただければ、と思っていました(笑)

柳下 いえいえ(笑) ローレル&ハーディらしいピアノでした。

新野
この映画はアカデミー賞を獲っています。すごくよくできているのは、合成の技術です。この作品は、オプティカルプリンターという機械が出て実績がまだ5~6年しかなかった頃に作られたものですが、女性客がピアノをオーダーする楽器店の、ガラス越しに見える町の風景は、その機械を使って合成しております。

また、要所要所の場面転換では、ワイプでシーンを変えるといったこともやっています。この当時は、今と違って音と画と別々に記録しておりました。そのため編集で画を3秒10コマで切るとしたら、音も同じコマ数でピッタリ合わせなければならなかったのです。なので、撮影の段階から緻密に計算してやらないと、それはうまくいかないのです。というわけで、そんな条件下でワイプをかけるというのは、大変すごい技術だと言えます。

そういう意味では、短い作品ですが、予算をたくさんかけて作られた映画だと推測できますし、これが、本作の最も優れた点だと思います。それと、ピアノの音ですが、本当のピアノだったらひっくり返したらガランガランとは鳴らないのですが、そのような効果音を作り出すといったところも素晴らしいかと思います。

この映画と1本目の『貴様がヘタクソだ』をご覧いただいて、反復がローレル&ハーディの得意技だったということがわかっていただけたかと思います。そもそも反復というのは、道化師の得意技なのですが、基本的には自分で何かをやってうまくいかないというのが、反復ギャグのセオリーであります。

例えばキートンの『カメラマン』という作品において、三脚を立てるのがなかなかうまくいかないというシーンがそれに当たります。三脚を開くと自分の足が絡んでしまったり、持ち上げれば後ろのガラスを割ったりと、反復して失敗を繰り返すのです。ローレル&ハーディはその応用ということになります。自分でミスをするというよりは、状況を何回も繰り返して、段々被害を拡大させていくのです。このような方法を編み出したというところが、彼らのすごいところかなと思います。

『ミュージック・ボックス』の後世への影響では、『浦安鉄筋家族』という漫画で「ピアノを運ぶ巻」があります。行動パターンが同じですと、ロマン・ポランスキーがまだポーランドにいた若い頃に『タンスと二人の男』という映画を作っているのですが、プロットだけ模倣しているような感じがします。

あと補足しますと、シュワルツェンホーフェン教授というおっかないおじさんが、階段のところでピアノを運ぶローレル&ハーディと出くわし立ち往生した時に、アルファベットを羅列して怒鳴るのですが、これは脳神経外科とか心臓外科とか専攻医の略称を示すアルファベットなのだそうです。


作品情報
『ミュージック・ボックス』
The Music Box 1932年 [アメリカ映画/DVD/28分]※トーキー
M.G.M.配給、ハル・ローチ・スタジオズ作品 製作:ハル・ローチ
監督:ジェイムズ・パロット 助監督:モリー・ライトフット
脚本:H・M・ウォーカー 録音:ジェイムズ・グリーン
撮影:レン・パワーズ、ウォルター・ランディン
音楽:マーヴィン・ハットレイ(テーマ曲「Ku-ku」)、リロイ・シールド
共演:ビリー・ギルバート(シュワルツェンホーフェン教授)、ダイナー(馬のスージー)

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『リバティ』(Liberty 1929年)

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