僕たちのラストステージ

ローレル&ハーディ「極楽英国巡業」~友情の物語~

 随分前だが英国に旅行した時、蚤の市やお土産屋さんで、ローレル&ハーディのTシャツなどグッズがよく目につき驚いたという記憶がある。日本では完全に過去の人で、ほとんど忘れ去られた往年のコメディアンたちが、なぜイギリスでは、こんなにもポピュラーなのかと、それ以来不思議に思っていた。

 しかしこの作品を観て、その謎がようやく解けたような気がした。というのもローレル&ハーディには、過去の人になったと思われていた1953年に英国の舞台に立ち、最初こそ不人気であったが徐々に人気が上がり、最後はロンドンの2000席の大劇場ライシアム・シアター(現在は『ライオン・キング』を上演中)を満席にするほどにまで人気を博したという出来事があったのである。そしてコンビ最後となるダブリン公演を行ったオリンピア・シアター(元々、ミュージック・ホールとして開館。映画ではウインブルドン・シアターを使用)では、今でもチャールズ・チャップリン、アレック・ギネス、ジョン・ギールグッドら名優たちと並んで、ローレル&ハーディの名前が劇場ロビーに誇らしげに刻まれているのである。今思えばその後も、ザ・ビートルズのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのアルバムジャケットに登場したり、1975年には、ローレル&ハーディの曲がリバイバルし、ヒットチャートの2位に入ったりするなど、英国での彼らの人気には、どこか特別なものがあったのだ。

 映画は、ローレル&ハーディの全盛期、2人が仲たがいするところから始まる(2人を演じたスティーヴ・クーガンとジョン・C・ライリーが姿形といい、仕草といいそっくりでビックリ!)。チャップリンがあんなに高給を取っているのに、なんで俺たちはこんなに安い給料に甘んじていなければならないんだ。これはハル・ローチ(映画製作者)がケチだからに違いない。こう考えたスタン・ローレルはオリバー・ハーディがいまひとつ煮え切らない態度を取っているのを後目に、ローチに反乱を起こすが失敗、1939年コンビは一時的に解散する。

 チャップリンと彼らは実は縁が深い。オリバー・ハーディは売れない頃、チャップリンの物真似映画を作っていたビリー・ウエストの喜劇映画に出演していた。スタン・ローレルにいたっては、元々英国のフレッド・カルノー一座にチャップリンと共に在籍し、初めてのアメリカ公演で評判を呼んだ「英国ミュージック・ホールの一夜」で共演しただけでなく、ホテルも同室に泊まっていたという縁がある。ローレル&ハーディがようやく大スターとなった1920年代後半、チャップリンは既に『黄金狂時代』のような傑作を世に送り出し、世界的な名士といった存在になっていたことを考えると、スタン・ローレルのほうに、特に永年の鬱屈した気持ちがあったのかもしれない。

 時代は飛んで、1953年。売れなくなったローレル&ハーディが、新作映画の資金集めのためという名目で、英国での巡業を始めるところからスタートする。寂れたホテル、寂れた地方都市の劇場には、観客もまばらにしか集まらない。プライドは大いに傷つけられるが、公演は続けなくてはならない。「まさか本物がこんな地方都市に来ているなんて」何のことはない。もう引退したと思われていたこと、アメリカの映画スターがこんな田舎町に来るわけがないという誤解が、単に観客を遠ざけていただけだったのである。噂が広まり年配の人を中心に観客が集まり始める。歌って、踊って、パントマイムをする。スタン・ローレルの書く台本には、どこか昔懐かしい英国のミュージック・ホールの香りが染みついていたのであろう。その時代から喜劇に親しみ、映画を楽しんだ観客たちから人気が再燃していくのである。

 ローレル&ハーディはそれまで、仕事上ではパートナーだったものの、私生活は別行動だったことが、映画で分かる。スタン・ローレルはストイックなまでに自作の創作にこだわり、閉じこもって台本を書いていたのに対し、オリバー・ハーディはいつも遊び歩いていた。この巡業で初めてお互いをよく知り、親しくなっていくのである。しかしながら、観客が集まらず苦しい時に親しさを増したのに対して、観客が増え公演が成功への階段を駆け上がっていった途端に、それまで胸のうちに秘めていた不満が爆発し仲違いしてしまうのが、とても興味深い。些細なことから2人は疑心暗鬼になり、喧嘩別れしてしまうのである。

 しかし、相手を本当に失いそうになった時に、初めて2人はその価値に気が付く。例え普段はアイデアを出さずに遊び歩いていたとしても、スタン・ローレルの書くギャグの面白さを理解し、誰よりも効果的に演じられるのはオリバー・ハーディであったこと、その逆にオリバー・ハーディのキャラクターを理解し活かすことができる台本を書けるのはスタン・ローレルだけだったことを。友情を取り戻す過程がとても美しい。彼らは芸人という特殊な世界の人たちであり、また短い期間に友情が育まれ、壊れていく過程を駆け抜けていくということもあり、中身がとても濃くなってはいるものの、これらのことは、すべての友情関係、パートナーシップ関係に通じるものである。それとは気が付かずにお互いを補い合っていたり、1番理解しあっていたり・・・。それ故にこの作品は、単にコメディコンビの伝記映画という枠を超えて、観客の胸に迫ってくるものがあるのだ。

© eOne Features (S&O) Limited, British Broadcasting Corporation 2018
※4月19日(金) 新宿ピカデリーほか全国順次公開



※ゴールデン・ウイークはローレル&ハーディを!
5月3日16時30分より「柳下美恵のピアノdeシネマ」のローレル&ハーディ特集で『貴様がヘタクソだ』『ミュージック・ボックス』『リバティ』が上映されます。(於アップリンク渋谷)当日は、柳下美恵さんのピアノ生演奏の他、喜劇映画研究会新野敏也さんによるトリビア解説も行われます。(前売りは完売ですが当日券は若干発売)ゴールデン・ウイークは『僕たちのラストステージ』と併せてぜひ。

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