【イスラーム映画祭4】僕たちのキックオフ

廃スタジアムにホイッスルは再び響く

イラクの北部の都市、キルクークにある荒れ果てたスタジアムが映画の舞台である。ゴールポストが残っているので、サッカー場であったのかもしれない。今ではフィールドには樹が生い茂り、洗濯物が干されていたりするので、人が住み着いているのがすぐに見て取れる。観客席には、山羊や牛が放し飼いになっていて、ブラブラしているし、そこを車で走っていく者もいる。外の風景は一切見えない。世界と隔絶されたような風情と適度に崩れた感じの廃墟感は、モノクロにほんのり色が着いた美しい映像と相まって、なぜここがこのように荒廃してしまったかということに思いを馳せない限りは、魅力的でさえある。

 ここに住んでいるのはクルド人たちであることが間もなくわかる。彼らは、スタジアムのロッカー施設などを利用して、そこを家にしている。それぞれの場所に囲いまで作っていて、家らしくなっており、もうここに住み着いてからしばらく時が経っていることが窺い知れる。元々キルクークは、クルド人とトルクメン人が多数住んでいた土地であったが、油田があったことから、イラク中央政府、クルディスタン地域政府、近年ではISILなど、常に争いの舞台になってきた都市である。

 スタジアムは、クルド人の置かれた状況を象徴する存在として描かれている。山羊や牛が山の中腹に放牧されているかのように観客席にいるのは、彼らが元々遊牧民であることを想起させるし、黒い馬が走り回っているのは、馬を使い彼らが国境を越えて、密輸した商品を運んで生計を立てていたことに思いが及ぶ。現代では、バイクが馬の代わりとなって、スタジアムとその外を結んでいる。そんな彼らが、元々住んでいた場所を追われて、狭い空間に閉じ込められており、今度は再び役人によってここを追い出されようとしている。別の所に家を用意するので、ここを出ていってほしいと。フセイン政権が進めたアラブ化政策のため、街を追われた記憶が蘇る。「もともと私たちはこの街に家があった。家を失ってここにいるのに、また他所へ行けというのか」本当に家を用意してくれるとは思っていない。

 そんななか、クルド人青年アスーは、地雷を踏んで片足を失った弟を励ますため、サッカーの親善試合を計画する。サッカーが大好きで、いつも友だちとプレーに興じていた弟は、片足を失って以来、ふさぎ込んでおり、いつもひとりポツンと家の中に閉じこもっている。サッカーが出来ないことを苦にして、自殺未遂を起こし、病院から戻ってきたばかりである。試合が行われなくなったスタジアムとサッカーが出来なくなった少年。ここで試合をすることは、少年を元気づけるだけでなく、そこに住む人や、冷たいコンクリートが剥きだしのこの空間に、活気を与えることに繋がるかもしれないと、彼は考えたのだろう。クルド人の選手が出場しているイラクの国際試合を大きなスクリーンに投影し、住人たちで見た時の昂揚感。それならイラクという国単位ではなく、クルド系、アラブ系、トルコ系、アッシリア系の住民たちで、この場で試合を行えば、さらに気分は高揚し、異なる出自の住人たちの対立も和らぐのではないか。そんなことまで考えていたようである。しかしいったんは希望が見えかけるものの、現実は青年アスーが考える以上に厳しかったのである。この映画のラストはあまりにも衝撃的で、言葉を失ってしまう。唯一それでもサッカーボールを蹴り続ける小さな子供たちに、希望は託されたと、信じたい。

 これは2008年製作の映画なので、クルド人にとっては、恨み骨髄のフセイン大統領が死刑になり、クルディスタン愛国同盟のジャラル・タラバーニがクルド人として初めてイラクの大統領になって3年ほど経った頃の話ということになる。しかし、その割には希望がない。クルド人自体に、クルドを独立させたいというグループとクルディスタン愛国同盟のように政府側に組み込まれたグループがあり、対立しているということもある。そのうえキルクークという都市は、石油の利権が絡んでいることから、中央政府はここを手放すはずもなく、住民たちの希望とは裏腹に、クルド人自治区からも外れ続けている。そんなことから例え大統領が変わったとしても、争いが無くなることがない場所なのである。街では頻繁に爆破テロが起こっており、映画の中では、爆発音と救急車のサイレンが、スタジアムの中まで聴こえてきている。大統領が変わって3年ちょっと。この作品が作られたのは、新政府に対して、彼らに失望感が出てきた頃だったのかもしれない。そして今日の目から見てみると、この映画の不安は、的中していたと言わざるを得ないのである。

【イスラーム映画祭4開催概要】

【東 京】
会期 : 2019年3月16日(土)~3月22日(金)
会場 : 渋谷ユーロスペース( http://www.eurospace.co.jp/
※チケット:上映日の3日前よの各開始1時間前まで、劇場HPにてオンラインチケット購入(クレジット決済のみ)が可能です。
 劇場窓口でも同じくし上映日の3日前より販売いたします。
【名古屋】
会期 : 2019年3月30日(土)~4月5日(金)
会場 : 名古屋シネマテーク( http://cineaste.jp/
【神 戸】
会期 : 2019年4月27日(土)~5月3日(金)
会場 : 神戸・元町映画館( http://www.motoei.com/
主催 : イスラーム映画祭
公式サイト:http://islamicff.com/
Twitter : http://twitter.com/islamicff

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