【イスラーム映画祭4】西ベイルート

これが、戦争だ!~レバノン内戦下の青春~

 高校の校庭に集まった生徒たちが空を見上げている。見上げれば戦闘機が空中戦を行っており、生徒たちは歓声を上げている。自分たちの手の届かない遠くで行われている戦争。誰もがそんな風に思い、映画でも観ているかのように感じていた戦争が、突然目の前にやってくる。1975年、レバノン内戦。どうせ数週間もすれば、アメリカが調停に入り収まるだろう。教養のある大人でさえそんな風に思っていた内戦は、1991年まで実に16年間も続くことになるのである。ベイルートはイスラーム教徒・パレスチナ難民の多い西ベイルートと、マロン派の居住する東ベイルートに分裂する。シリア、PLO、イスラエルら外国の介入もあり、レバノンは、無政府状態に近い状況に追い込まれ、泥沼化していくのである。

 この作品は1998年国内が落ち着いてきたころ制作された、『判決、ふたつの希望』のジアド・ドゥエイリ監督の初監督作品である。東と西に別れたベイルートの街を舞台にしたこと、主人公の周りに、ムスリム、マロン派キリスト教徒を配置したことで、内戦時のレバノンの社会的状況を象徴的に、分かりやすく描いているところなどは、後の『判決、ふたつの希望』へと繋がるものが既にあるように思える。また、戦争の傷跡が残り復興が進んでいなかったためか、ベイルートの街は、1970年代の当時の姿とあまり変わらないようにも見え、それが映画に生々しさを与えている。

 ジアド・ドゥエイリ監督は1963年生まれということなので、内戦勃発時は12歳。映画の主人公たちより年少ではあるが、多感な時期を迎える頃でもあり、その記憶が映画に反映されていることは、想像に難くない。初めて銃を持った人たちが、目の前に現れた時のこと、内戦勃発の夜、花火のように美しく感じられた照明弾に照らし出される街の風景。すべてがリアルに感じられるのは、そのためだろう。

 内戦勃発の翌朝、会社に、学校に向かうターレクとその両親の様子は、日常とあまり変わりがない。どうせ休校に決まっているよ。まるで台風が通り過ぎた後、交通がマヒしていることを心配しながら、あるいは“期待”しながら、学校に向かう生徒とあまり大差はない。案の定、父親の運転する車は検問で止められ、結局一家は家に引き返すしかなくなるのだが、ターレクは学校に行かなくて済むことになり、ウキウキ気分である。日常と異なる何かが進行していることに対して、昂揚感さえ覚えているようだ。「表へ出る…昨日とはシクラメンや西洋館まで違って見える。」これは徳川夢声「夢声戦中日記」の昭和16年12月8日の日記からの引用だが、まさにターレクの感覚もこれに似て、なるほど戦争の始まりとは、こんなものなのかもしれないと、合点がいった。

 この作品は一見すると、普通の青春映画のようにも見える。ターレクとオマール近所の仲良しの友だち同士、その友情、悪ふざけに喧嘩、大人の世界へのちょっとした冒険、他所から越してきた少女メイへの淡い恋など。そんな日常を過ごすうちに、状況はどんどん悪化していき、彼らの気持ちは変化していく。「学校に行けなくて楽しい」が「学校に行きたい。嫌いだったフランス語の先生に会いたい」に。「親なんてうっとうしい」が「親に何かあったら、僕はどうしたらいいのだろう」に。子供っぽかった彼らが、急に歳を取ってしまった感じがする瞬間がある。

 あちらこちらで爆発が起き、恐怖で夜も眠れなくなる。食料は不足し、生活もままならなくなっていく。戦争は一向に終わる気配がなく、先が見えない状況に、大人たちも、子供たちも、不安ばかりが募っていく。もうこの国を離れて別の国へ行こう。そうは思っても、大人たちはなかなかその決断をすることができない。他所の国に行っても邪魔扱いされるだけではないか。他所へ行っても、食べていく手段がないのではないか。このまま嵐が通り過ぎるのを待てば、いつか元の職場に復帰し、元通りの生活に戻れるのではないか。そうした不安と微かな望みが、彼らをそこに押しとどめてしまう。

 そんな状況下でストレスが溜まり、すぐにヒステリーを起こしてしまうターレクの母、極力冷静に振る舞おうとし、本ばかり読んでいるターレクの父。どちらも根っこは同じである。皆、本当は思いっきり叫びたいのである。彼ら一家と同じアパートに、いつも怒鳴り声をあげている太った女が住んでいる。一方彼の夫はテレビに一日向かうだけで、ひと言も発しないため、この夫婦は頭がイカれていると近所から思われている。のちに彼らは別の地域からのの避難民で、悲惨な状況を通り抜けてきた人たちであることがわかるのだが、彼らとターレクの両親を始めとするレバノンの人たちには何の違いもない。皆その場で、ただただ叫びだしたいのである。泣き喚きたいのである。これが…戦争なのだ。

【イスラーム映画祭4開催概要】

【東 京】
会期 : 2019年3月16日(土)~3月22日(金)
会場 : 渋谷ユーロスペース( http://www.eurospace.co.jp/
※チケット:上映日の3日前よの各開始1時間前まで、劇場HPにてオンラインチケット購入(クレジット決済のみ)が可能です。
 劇場窓口でも同じくし上映日の3日前より販売いたします。
【名古屋】
会期 : 2019年3月30日(土)~4月5日(金)
会場 : 名古屋シネマテーク( http://cineaste.jp/
【神 戸】
会期 : 2019年4月27日(土)~5月3日(金)
会場 : 神戸・元町映画館( http://www.motoei.com/
主催 : イスラーム映画祭
公式サイト:http://islamicff.com/
Twitter : http://twitter.com/islamicff

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