【イスラーム映画祭4】気乗りのしない革命家
内戦の原点であるアラブの春を取材したドキュメンタリーである。英国のジャーナリストが、現地の観光ガイドを雇い、手持ちのカメラや、スマホのカメラを使い、場合によっては隠し撮りもしているため、画面は荒かったり揺れたりするのだが、それが臨場感を醸し出している。もちろん、この時点ではこれが内戦へと繋がっていくことなど、想像できるわけもなかったのだが、最初は運動に対して気乗りしていなかった観光ガイドの、心の変化をも写し取ることで、その危険性がすでに捉えられていたのが、とても興味深い。
「大統領を辞任させた後、どうしたいかを言っている運動家が誰もいない。この国にはアルカーイダもいる」観光ガイドの不安は、おそらく確固たる根拠があるわけではなく、感覚的なものであったに過ぎないのかもしれないが、その後の歴史は、彼の最初の感覚が正しかったことを証明してしまう。
『わたしはヌジューム、10歳で離婚した』の中でも、その兆候はすでに表れている。人権という意識が深く根付いている首都サナアの弁護士、裁判官の感覚と、伝統にこだわる山岳の部族の首長の考え方に、とても大きな溝があるのだ。部族に属する人たちにとって、少女の人権以上に大切なのは、首長の見識であり、自らの名誉なのである。こうした社会で全体をまとめる人がいなくなれば、分裂することは目に見えている。いま首都サナアを掌握し、政府と対立し、イエメンを二分しているフーシー派は、まさにこうした人たち、北部の山岳地帯の部族民を取り込むことによって成長していったのだ。逆に力の弱った政府に代わって、フーシー派の自地域内の侵入を防いでいる人たちも、部族の人たちだったりするのが、イエメンならではの現象といえるのかもしれない。また、サウジアラビア人にイエメンの人たちに対する差別意識が表れるシーンからは、両国の関係が透けて見えてきて、のちのサウジアラビアの介入をも想起させられるのである。
荒れる予感はデモテントの様子を写した映像にも表れている。観光ガイドは、髭を生やした人たちを極端に恐れているのだが、おそらくそれはサナアではなく他の土地からやってきた人たちであり、その中にアルカーイダに属する人も交じっているのではないかという警戒心からだったのだろう。実際、香港の雨傘運動とは違って、雑多な人たちが、バラバラに集まってきているという印象がある。政府が雇った武器を持つ用心棒的な人たちまで混ざっていることも後でわかる。デモは当初から政府側に付く人たちのデモと反政府側のデモの両方があり、そのことも将来に不安を残している。
「今夜何かが起こる」観光ガイドの情報は的中し、一夜のうちにほとんどのテントが政府によって破壊されてしまう。デモのお陰でガイドの仕事のキャンセルが相次ぎ、お金が入ってこない。経済を悪化させ、かえって状況を悪くしていると、革命に懐疑的だったガイドの気持ちがこの辺りから変わっていく。それでもデモを続ける民衆たちに政府は遂に銃を発砲するという暴挙に出る。乾いた銃声が生々しい。担架に乗せられて次々と運ばれていく重傷者たち。そこまで追い詰められてしまったサーレハ大統領に未来があるはずもなく、国内外の批判を受け翌年遂に辞任する。しかし後任は副大統領であったハーディーに代わっただけであり、大きな変化は望めるはずもなく、混乱の時代へと突入していくのである。
革命に懐疑的だった観光ガイドの心の変化。最初は政策だけ変わればそれでいいと考えていた彼が、ジャーナリストと行動を共にし、目の前で起こっていることを目にしていく中で、政府を変えなければどうにもならないという風に考え方を変えていった過程は、実は多くの人が経験したことではなかったかと想像する。その後の出来事を知っている目で見てみると、その部分に内戦に繋がる萌芽が既にあつたのではないかという気がしてくるのである。内戦への過渡期に作られたこの作品は、そういう意味でさまざまな教訓を残してくれていると言えるだろう。
【イスラーム映画祭4開催概要】
【東 京】
会期 : 2019年3月16日(土)~3月22日(金)
会場 : 渋谷ユーロスペース( http://www.eurospace.co.jp/ )
※チケット:上映日の3日前よの各開始1時間前まで、劇場HPにてオンラインチケット購入(クレジット決済のみ)が可能です。
劇場窓口でも同じくし上映日の3日前より販売いたします。
【名古屋】
会期 : 2019年3月30日(土)~4月5日(金)
会場 : 名古屋シネマテーク( http://cineaste.jp/ )
【神 戸】
会期 : 2019年4月27日(土)~5月3日(金)
会場 : 神戸・元町映画館( http://www.motoei.com/ )
主催 : イスラーム映画祭
公式サイト:http://islamicff.com/
Twitter : http://twitter.com/islamicff