イスラーム映画祭4直前ガイド

~映画を通じて世界の今を見よう!~

 来る3月16日(土)から渋谷ユーロスペースを皮切りに全国3都市にて『イスラーム映画祭4』が開催される。今回は、中東“イエメン”の映画がメインプログラムとして取り上げられているのが、大きな特徴だ。期間中、専門家を招いてのトーク・セッションも10回開かれる。イエメンの人道危機の現状、中東問題などが、貴重な現地での体験を交えた話も含めて語られる。単なる映画祭という枠を超えて、テレビや新聞では知りえない、世界の今を知る貴重な機会である。

作品ガイド

『気乗りのしない革命家』(2012年/英国)
『イエメン:子どもたちと戦争』(2018年/フランス)【劇場初公開】
『わたしはヌジューム、10歳で離婚した』(2015年/イエメン)【日本初公開】

『イエメン:子どもたちと戦争』

 依然内戦状態のイエメンは、2015年には“世界最悪レベルの人道危機”という宣言が国連から出され、現在は、全人口の4分の3にあたる2800万人が“安定的な食糧確保が困難な状況”に陥っているという。安全な水を確保することもできず、コレラ、ジフテリアも蔓延している。2011年のいわゆる“アラブの春”は民主化をもたらすどころか、結果的にはこの国を真二つにし、地獄の内戦へと導いていってしまったのである。元々北イエメン(旧イエメン王国)と南イエメン、2つの国が統合されたのが1990年。そもそもこの国には、不安定な要素が地下に潜んでいたのだろう。大統領派と、“アラブの春”以来力を付けてきたイスラーム教ザイード派(イランと同じシーア派の一派であり、旧イエメン王国時代の宗派でもある)の世直し勢力ホーシー派の対立に、他国からの干渉がからみ、内戦は激化していく。すなわちザイード派の後ろ盾であるイランとサウジアラビアとの代理戦争の様相を呈していき、内戦は泥沼化していくのである。

 今回上映の『気乗りのしない革命家』は、内戦の原点であるアラブの春を取材したドキュメンタリーである。もちろん、この頃はこれが内戦へと繋がっていくことなど、想像できるわけもなかったのだが、今観れば、その中に今日へと繋がる要素が隠されているかもしれない。また、『イエメン:子どもたちと戦争』(ハディージャ・アル=サラーミー監督)は、2018年の現地の人々の声を集めた貴重なドキュメンタリーである。メディアではなかなか取り上げられることのないこの国の現在を知る数少ないチャンスとなることであろう。

『わたしはヌジューム、10歳で離婚した』

 イエメンは、映画自体製作されることがあまりない国である。そもそもここは、1960年代まで映画自体が、製作どころか公開されることさえなかったところなのだ。映画は道徳と宗教に反することとされていたからである。『わたしはヌジューム、10歳で離婚した』はイエメン人監督(『イエメン:子どもたちと戦争』のハディージャ・アル=サラーミー監督)によるイエメンでの撮影という点で大変珍しい作品だ。それが示すように、この国は元々保守的な風習が強く残っている地域でもある。本作は、そんな伝統のひとつである “児童婚”をテーマとして取り上げている。これは実話を元に、作者が自身の体験も反映させた、“児童婚”に抵抗する少女の物語である。


『その手を離さないで』(2017年/ボスニア・ヘルツェコビナ、トルコ)【日本初公開】
『二番目の妻』(2012年/オーストリア)

『その手を離さないで』

 もうひとつの内戦進行中の国といえば、シリア。ヨーロッパに多くの難民を出し、深刻な問題になっている。『その手を離さないで』は、トルコへ移住したシリア難民の子供たちの姿を描いていた作品である。演じる子供たちは、実際のシリア難民。アイダ・ベギッチ監督は、ユーゴスラビア内戦を経験したムスリムである。

 確かに今、ヨーロッパや北欧では、ムスリムの監督たちの活躍が目立ってきている。『アマチュアズ』『イート・スリープ・ダイ』のガブリエラ・ピッシュレル監督は、1980年生まれ。ボスニア出身の母とオーストリア出身の父を持ち、スウェーデンにおけるムスリムの姿を描いている。ドイツには『女は二度決断する』『そして、私たちは愛に帰る』のファティ・アキン監督がいる。トルコ移民の両親のもとにドイツ、ハンブルクで生まれた移民二世のムスリムである。『雪が降る前に』『国王への手紙』などノルウェーで活動するヒシャーム・ザマーン監督は、イラク出身のクルド人。イラク国内では、クルディスタンの若い監督を中心に映画を作ろうという機運が高まっており、実際ヨーロッパ資本の協力を得て、数は少ないものの成果が出てきているところだ。

『二番目の妻』

 今回上映される『二番目の妻』のウトム・ダー監督もまた、ウィーンのクルド人移民家族の長男である。ウィーン映画学校にて、ミヒャエル・ハネケ、ペーター・パツァークに演出を学んだ。この作品は、オーストリア移民の家族の元に、彼らの故郷であるトルコの村からひとりの娘が嫁いできたことによる苦悩を描いている。彼らの作品共通するのは、移民先であるヨーロッパと自らのアイデンティティとの板挟みによる苦悩や、文化の違い、差別をテーマにしていることである。難民の増加に悲鳴を上げるヨーロッパで、移民として既に定着した人たちが、世界に向けてメッセージを発信していることの意義は大きい。


『判決、ふたつの希望』(2017年/レバノン)
『西ベイルート』(1998年/フランス、レバノン他)

『西ベイルート』

 レバノンは宗派のモザイク国家とも宗教の歴史博物館とも言われている。この国では、国会の議席配分が宗派の人口に応じて割り当てられているというのが、特徴である。しかしながら、その配分は、今では適正とは必ずしも言えない状態にあり、親シリア派(ヒズボラなど)とシリア慎重派が常に覇権を争っており、政治は混沌としているようだ。昨年好評を博した『判決、ふたつの希望』はレバノンの複雑な状況を、パレスチナ人とレバノン人の法廷での対立のドラマにして分かりやすく描いていた。今回はそれが特別参考上映されると共に、この作品の前提ともいえる1975年のレバノン内戦を描いた作品『西ベイルート』が上映される。そもそもこの内戦はPLOがレバノンに入ってきたことから起きた戦争であり、『判決、ふたつの希望』に出てくるパレスチナ人は、かつてレバノンにPLOの拠点があったものの、イスラエルによる攻撃からPLOが拠点を移動したことによって取り残された難民なのである。その背景を理解すると、なぜ両者がお互いに譲ろうとせず、裁判へともつれていったかが、より理解しやすくなり、両作を観ることで、レバノンの状況が立体的に見えてくるはずだ。


『乳牛たちのインティファーダ』(2014年/カナダ、パレスチナ他)【劇場初公開】

『乳牛たちのインティファーダ』

 レバノンは、イスラエルとパレスチナが場所を移して戦った場所とも言えるが、もちろん本映画祭では、パレスチナ自体を描いた作品も取り上げられている。『乳牛たちのインティファーダ』がそれだ。1987年12月6日、イスラエル国防軍の大型トレーラーがバンに衝突する交通事故が発生する。この事故でパレスチナ人4人が死亡したのに対して、イスラエル国防軍の兵士は無事だった。難民キャンプで催された犠牲者の葬儀はそのまま抗議運動へと発展していく。これがいわゆる第一次インティファーダである。この作品では、第一次インティファーダに到るまでの逸話を、クレイアニメや再現ドラマを交えて描いた作品である。イスラエルから買うしかなかった牛乳を、パレスチナの住民が独自に生産しようとしたところ、イスラエルがそれを禁止し摘発したというものだ。そんな小さなことまでが、国家の脅威とみなされるのかと、驚き呆れてしまう。


『幸せのアレンジ』(2007年/アメリカ)
『僕たちのキックオフ』(2009年/イラク・クルディスタン地域、日本)
『ナイジェリアのスーダンさん』(2018年/インド)【日本初公開】

『ナイジェリアのスーダンさん』

 ここまで、イスラーム世界の厳しい現実が突き付けられるような作品ばかりを紹介してきたが、国と国ではなく人と人との繋がりから、民族や宗教を超えた世界の宥和の可能性を模索した作品が3本上映される。2008年SKIPシティ国際Dシネマ映画祭で最優秀作品賞を受賞したアメリカ映画『幸せのアレンジ』では、ニューヨークのユダヤ教徒の女性とムスリマが、お見合い結婚を控えているという共通点の元に意気投合し、それぞれの生き方を模索する。『僕たちのキックオフ』ではイラクのクルド人少年が、地雷で片足を失った弟のために、民族対抗のサッカー大会を企画する。『ナイジェリアのスーダンさん』ではナイジェリアから招聘したサッカー選手とケーララのムスリムコミュニティの交流が温かく描かれる。結婚という人生最大の問題、サッカーという世界共通のスポーツが、民族や宗教を超えていく。人間同士理解しあえないということはないはずだ。


※プログラムに掲載されていた『イクロ2 私の宇宙(そら)』は、映画の完成が大幅に遅れたため、振り替えとして『イクロ クルアーンと星空』が上映されます。上映できれば、個人の主催する映画祭としては稀有な、世界プレミア上映となるはずでしたが・・・『イクロ2 私の宇宙(そら)』は来年の映画祭にて上映されるとのことです。

【イスラーム映画祭4開催概要】

【東 京】
会期 : 2019年3月16日(土)~3月22日(金)
会場 : 渋谷ユーロスペース( http://www.eurospace.co.jp/
※チケット:上映日の3日前よの各開始1時間前まで、劇場HPにてオンラインチケット購入(クレジット決済のみ)が可能です。
 劇場窓口でも同じくし上映日の3日前より販売いたします。
【名古屋】
会期 : 2019年3月30日(土)~4月5日(金)
会場 : 名古屋シネマテーク( http://cineaste.jp/
【神 戸】
会期 : 2019年4月27日(土)~5月3日(金)
会場 : 神戸・元町映画館( http://www.motoei.com/
主催 : イスラーム映画祭
公式サイト:http://islamicff.com/
Twitter : http://twitter.com/islamicff

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