【TNLF】イート・スリープ・ダイ

スウェーデンという国は本当に平等で幸福な社会なの⁉

 イート・スリープ・ダイ…「食べるために仕事をして、また食べて寝て、ただ死を待つばかり。こんな人生一体何のために生きているのだろう」これは映画の中で、主人公ラーシャの同僚だった、年配の女性のセリフだが、ガブリエラ・ピッシュレル監督は学生時代からそんなことを考えていたという。それが最初の監督作品に、この題材を選んだ理由である。

 ラーシャがクロアチアからの移民で、ムスリムであることは途中まで明かされない。ただ父親のスウェーデン語がちょっと怪しいことで、なんとなくそれが示されている。おそらくユーゴの内戦から逃れてきた人たちなのだろう。食品工場で、ラーシャは常にテキパキと働き、明るく振る舞い、そこにすっかり馴染んでいる。1歳の時にスウェーデンに移住してきて教育を受けているから、ここが彼女の故郷なのである。工場には、アジア人も含め、様々な民族の人が働いているが、特に差別があるわけではないのが、確かにスウェーデン社会らしい。(すべてがうまくさえいっていれば)

 この映画が作られた2012年は、前年の世界同時株安などの金融の混乱が続き、世界的に経済が後退した直後の時期である。スウェーデンは元々輸出経済で成り立っている国のため、こんな田舎町にも、その影響がすぐに出てきてしまうようだ。工場では人員削減が行われ、ラーシャはたちまちクビになってしまう。

 積極的労働市場政策という名の再就職支援制度がスウェーデンにはある。グループで再就職のための研修、面接のシュミレーションやセラピーのようなことをし、最後は企業の面接の紹介までしてくれるというものだ。一見するとよく出来た制度のようだが、研修の導入で見せられるビデオが空々しい。「あなたの技能を生かすさまざまなチャンスが広がっています」都会にそびえ立つビルディング、綺麗なオフィス。田舎町の住人とはまるで無縁の世界であり、あからさまに地域格差を感じさせる。職業訓練を受けた失業者は生産性の高い企業で働けるようになりますよ、といいながら、これでは単に政府のPRである。彼らにとっては挫折感を呼び起こすだけで、とても希望に繋がるとは思えない。この国の制度の現実を何より象徴しているように思える。

 ここで明らかになるのは、むしろこの社会には、越えられない壁があるということだ。ムスリムであるラーシャがその名前だけで、アラブ人と間違えられ、面接試験の書類選考から落とされてしまう。彼女の友だちの、動物好きの男の子が、学歴が無いゆえによりによって屠殺の仕事に送られてしまう。学歴がない。資格がない。家庭に病気の人を抱えている。移民である。父親と一緒に暮らしたいから町から出たくない。ラーシャのすべてが、豊かさと貧しさの境界を隔てる壁になってしまっている。

 社会から脱落した人にとって再就職支援制度は、単にイート・スリープ・ダイ、そこにたどり着くためのものに過ぎない。積極的労働市場政策。これはあくまでも、税金を納める人を増やし、経済全体の効率が挙げることが第一の目標であり、社会からこぼれ落ちた人に希望を与えるものではないのである。機会は平等に与えられているし、差別もないといいながらも、スタートラインが違えば、それが差別に繋がっていってしまう。この作品はそうした現実を炙り出す。実は、この時代の若者の失業率は25.5%という高い水準になっていたのである。

 この作品で描かれていることは、日本人の多くの人が抱いている幸せな国スウェーデン、そのイメージとはずいぶん違って見える。自由主義社会だから、それはある意味当たり前のことではあるのだが、そのことに目をつむっている限り、社会に進歩はないはずた。しかしこうした問題提起をしながらも、登場人物たちに向けるガブリエラ・ピッシュレル監督の視線はとても優しい。職場の同僚たちは貧しくとも優しいし、ラーシャのお父さんは苦境に立たされていても、なぜか呑気でホッコリさせてくれる。その生き方がいい。そして何よりラーシャ自身がエネルギッシュで決してめげず、人にも優しい。それが大きな救いになっている。おまけに頑張った人には、ちゃんと希望という名のご褒美が用意されているのである。

【開催概要】 トーキョーノーザンライツフェスティバル 2019

会場:ユーロスペース 会期:2019 年 2 月 9 日(土)~15(金)
主催:トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:http://tnlf.jp/ (スケージュール詳細はこちらから)
Face book:https://www.facebook.com/tnlfes
Twitter:https://twitter.com/tnlfes
【チケット情報】
ユーロスペース公式ウェブサイト、劇場窓口にて上映 3 日前より販売! 一般 1,500 円 学生・シニア・ユーロスペース会員 1,200 円
*ユーロスペースの火曜日サービスデー 1,200 円が適用されます。

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)