天才作家の妻 -40年目の真実-

妻の献身って何ですか?美談で語られてはたまらない。

漠然と疑問に思っていた。メディアで時々紹介されるような、アスリートの夫のために栄養管理士の資格を取り、3度の食事のバランスを考える妻の美談について。その行動の源は愛かもしれないが、でも妻の人生はどうなるのだろう。夫の食事づくり中心の生活って、それで彼女は満足しているのだろうか・・・と。そんなモヤモヤを抱いていた自分からすれば、本作は「そりゃそうだろうね~」とある種納得のいく答えを出してくれていて、ちょっとだけ肩の荷が下りた(・・・とそこまで負担に考えていたわけではないが)。主人公はノーベル文学賞を受賞した作家ジョゼフ(ジョナサン・プライス)とその妻ジョーン(グレン・クローズ)。夫の作家活動を支え続けたジョーンは、夫の業績が報われたとばかりに受賞を喜んだものの、彼女の心境に少しずつ変化が訪れ、やがて――?? 良妻賢母と思われていた女の複雑な内面を見事に演じた大女優グレン・クローズ、悲願のアカデミー賞初受賞となるかも注目だ。

ジョゼフとジョーンが結婚したのは、1950年代。夫と妻の役割は現在とは違い、内助の功に徹することが当然だったような時代だ。若き日のジョーンにも夢はあったが、「女だから無理」と諦め、結婚。愛する夫の仕事を支える道を選ぶ。それがノーベル賞という文学界最高の栄誉を輝くことになったのだから、マスコミが「糟糠の妻の美談」を取り上げたくなるのもありがちだ。だが現在、女性の社会進出もあり、男女の役割のあり方や女性の生きがいの価値観も変わってきた。授賞式が近づき、世間の注目を集める夫に対して、「私の人生返して!」「美談なんかク〇食らえ!」という怒りを抑えきれなくなったのも無理はない。果たしてジョーンは、どのようなかたちで夫をサポートしていたのか?これが本作のポイントだ。

彼らの秘密が分かったとき、正直「マジかよ」とドン引きしたのと同時に、余計にもどかしい思いに捉われた。過去にジョゼフが初めて本を出版したときと、40年後にノーベル賞受賞の連絡を受けたときの夫婦の喜び方が同じで、二人が積み重ねてきた歴史を感じさせるからだ。どんなに憎しみを募らせても情はある。簡単に割り切れないのが男女の常とはいえ、絆と呼ぶべきか腐れ縁の成れの果てなのか、様々な葛藤が生々しい。愛とエゴ、献身と搾取は表裏一体。その線引きは難しいし、立場によって見方が変わる。だが、夫婦のどちらかが「割を食った」と不公平感を抱いた時点で、これまで培ってきた歴史が虚構に見えるのだろう。昔のことだからやむを得ないと思う一方、真実を知った息子(マックス・アイアンズ)の「母さんを奴隷扱いしていたのか!」と父親を責める発言には現代的視点が入っており、本作の複雑さをより顕著にし、物語の奥行きを与えている。

本作は自分の人生は自分のものという普遍的なテーマとともに、もの言えぬ存在だった女性が声を上げ、男女格差を是正するというMeToo運動の高まりとも絡んで、非常に時宜にかなったテーマを内包している。ゴールデン・グローブ賞主演女優賞を受賞した際のクローズの「私達女性は、自分たちで満足できる人生を見つける必要がある。夢を追いかけるべき」という力強いスピーチは、まさに本作でのジョーンの叫び。そして、そんなムーブメントにおいても、いまだに「妻の献身」が美談としてメディアでもてはやされる風潮に対しても考えさせられる作品だ。


(c)META FILM LONDON LIMITED 2017
2019年1月26日より新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかにてロードショー

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