『迫り来る嵐』ドン・ユエ監督

中国映画界の新星が語る、脚光を浴びるまでの挫折の日々

ーー西寧FIRST青年映画祭への参加をきっかけにこの映画のプロジェクトが動き出したとうかがったのですが?

監督:FIRST青年映画祭には、新人が脚本をプレゼンできる場があり、各映画会社の開発担当者やプロデューサーが、いいストーリーはないかと探しに来るのです。そこでこの映画のプロデューサーと出会ったのですが、実は当時は彼もまだ迷っていました。私には映画業界で特筆すべきキャリアもありませんし、過去作もありません。でも、あきらめたくはなかったそうです。このプロジェクトが本当の意味で動きだしたのは、彼が中国の映画ファンドの一つ、「呉天明()青年電影専項基金」にエントリーしてからです。応募の中から上位5つのプロジェクトが選ばれ、2016年カンヌ国際映画祭のプロデューサー・ワークショップに参加できた。そのとき、一緒に選ばれたプロジェクトには、ビー・ガン監督の『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト』(仮)もありました。それをきっかけに、彼の中で、この物語を映画にする自信が生まれたのだと思います。

呉天明(1939ー2014):『古井戸』(1987年)、『變臉(へんめん)~この櫂に手をそえて~』(1996)等の監督として有名。『グォさんの仮装大賞』(2012年)に出演するなど、俳優としても活躍。

ーードアン・イーホンさんというキャリアのある演技派俳優をキャスティングした点からも、監督や製作陣が、とても真摯にこの映画に向き合ったことがわかります。

監督:製作陣の間にも注目を集められる映画をつくりたいというモチベーションはありましたが、当初の目標は「国内の主要映画館チェーンで上映できる作品にすること」で、海外でプロモーションできるような作品になるとは思っていませんでした。

第一線の映画俳優を起用したいというのは当初からの製作陣の希望で、最初からドアン・イーホンさんがいいと考えていました。でも、オファーしてすぐに返事をくれたのは驚きでした。この業界では断られることなどしょっちゅうで、新人の作品であればなおさらです。けれど、ドアンさんの返事はポジティブで、直接会えることになりました。第一線の俳優が「会う」というのは、とてもいいサインです。ドアンさんは脚本選びに厳しく、マネジメント会社には専門のスタッフがいて、まず彼らが俳優に読ませる脚本をセレクトしているのです。

最初の面談からマネジメント会社の社長まで来たので、これは期待できると思いました。その段階で、ドアンさんは既に脚本を読み込んでいて、感想をいろいろ話してくれたので、とても驚いたのを覚えています。

ーー監督はこれがデビュー作ですが、これまでのキャリアについて教えて下さい。

監督:北京電影(映画)学院の修士課程で映像撮影を学び、2006年に修了しました。その後はいくつかの映画の現場で撮影監督につきました。ですので、これがデビュー作とはいえ、現場経験がなかったわけではありません。ですが、撮影監督時代は私にとって挫折の日々でした。参加した作品がひどい代物だったのです。幼稚で、自分が考える映画というもののレベルから程遠かった。とても苦しかったですね。撮影監督というのは受け身の職業で、永遠にプロジェクトから声がかかるのを待つしかない。どんな脚本でも私はただ撮るだけで、映画が描く世界に対して、本当の意味で何か影響力や決定権を持つことはありません。

そうして2010年頃、そのとき来ていた仕事の機会をすべて捨てようと決めたんです。とても疲れていました。その時期が人生の谷でしたね。大変な挫折感でした。仕事の機会を捨てるということは、つまり、生計を立てるための術も捨てるということです。暮らし向きも苦しくなりました。けれど最大の問題は、その当時、自分が映画監督としてどういう方向性を目指すのか、どんな物語が向いているのか、どんな強みがあるのか、見つかっていなかったことです。資金の集め方やプロデューサーとの出会い方など、何も知りませんでした。1年間くらい、とても苦しかったです。

それから、友人に頼まれていくつかCMを撮るようになりました。そのときも最初に、「撮影の仕事に興味はなくなった。監督ならやる」と釘を刺して引き受けました。CMの仕事のおかげで、最低限生活していける収入は得られるようになりました。そういう状態を続けながら、この映画のプロデューサーに出会った2015年頃まで、不安定な生活をしていました。

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  1. ここなつ映画レビュー

    「迫り来る嵐」第30回東京国際映画祭

    コンペティション作品。中国映画。本作は、ドン・ユエ監督が最優秀芸術貢献賞を、主演のドアン・イーホンが最優秀男優賞を受賞。文句なし!!テーマもいい。混沌の中に加速度的に入って行く現代中国社会を描く。正に迫り来る嵐。その迫り来る嵐の中で、主人公の余(ユイ・グオウェイ)(ドアン・イーホン)が翻弄される様が切ない。骨太サスペンスではあるのだが、同時に哀しい滑稽さも溢れている。冒頭、どこかの刑務所からの出所風景。うだつの上がらない風貌の男が名前を確認されている。名字を聞かれて彼は答える。「余です。字は余分の余…

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