『迫り来る嵐』ドン・ユエ監督インタビュー

中国映画界の新星が語る、脚光を浴びるまでの挫折の日々

中国南方の小さな町で、若い女性を狙った連続殺人事件が発生。国営製鉄所で警備員として働くユィ・グオウェイは、事件が起こるたびに現場を訪れては捜査に首をつっこみ、犯人捜しに没頭していく。やがて、恋人のイェンズが被害女性に似ていることに気づいたユィは、ある行動に出るが……。

『迫り来る嵐』の物語の始まりは、香港が英国から中国に返還された 1997年。中国経済は急成長真っ只中にあり、市場化に向けて国営工場が次々と淘汰され、人々は社会の変革の荒波に投げ出された。地方の町の殺人事件と、それに執着する1人の男の心という小さな点を追いながら、中国社会の大きなうねりまで映し込んで見せる手腕が見事だ。

監督・脚本はこれがデビュー作となるドン・ユエ(董越)。新人監督らしからぬ完成度の高さで国内外から高い評価を得たドン監督に、物語の着想や、おびただしい数の映画が製作されている巨大な中国映画市場において作品を世に送り出すまでのご苦労などをうかがった。

ドン・ユエ監督


ーー主人公のユィについて、経歴や家庭環境など詳しい背景は説明されていませんね。

ドン・ユエ監督(以下、監督):なぜなら、あの時代の中国人には大きな共通性があったので、それを敢えて描きたいとは思いませんでした。多くの人がユィと同じような経歴や生存環境で暮らしていたのです。つまり、私が描きたかったのは、ごく普通の中国人が異常な事件に遭遇したときの状態です。

ーーその普通の男の行動は、次第に常軌を逸していきます。展開のヒントにしたものがあれば教えてください。

監督:私は人が自分を見失っていくというテーマに興味があります。人の深層心理を探っていく作業に魅せられているのです。脚本を書き始めたとき、そんな人の心の薄暗い部分を探りたいという思いにかき立てられました。薄暗い部分というのは、常軌を逸した人が、常軌を逸していく過程で、どんな状態に陥り、どんな運命をたどるのかということ。現実の世界に暮らしていると、非日常な体験をすることなど滅多にありません。想像を広げるときだけ、そういう人のことを推察する機会ができる。それが私にとって映画をつくることで得られる大きな満足感と喜びなのです。

想像で書くしかないので、脚本の段階で一番苦労したのもその心理の探求の部分ですね。実際、撮影の段階になっても決まっていない部分が多くて、主演のドアン・イーホンさんとは現場で幾度となく言い争いました。キャラクターは私が作ったものですが、完全に私の経験をもとにユィの思考回路を決定することはできません。ユィの視点で仮説を立てる必要がある。見知らぬ人物の心を探るのは非常に難しいことでありますが、そこに映画をつくる上で最も大切なロジックが存在するのです。

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