【TNLF】アングリーマン~怒る男~

北欧の女性アニメーション監督特集

珍しい切り絵アニメーションの作品。切り絵アニメーションと言えば、真っ先に思い浮かぶのは、『話の話』『霧の中のハリネズミ』など世に出す作品が傑作ばかりのロシアの監督、ユーリ・ノルシュテインなのだが、ノルウェーにもこんなに優れた作品を作る人がいたのを知って、大変嬉しかった。1968年生まれと若く、しかも女性監督なのである。

アングリーマン

©Trollfilm AS

切り絵アニメーションの魅力は、物に素材感があること、背後と前景に奥行きがあること、そして温もりがあることなどがあげられる。特にこの監督の作品は、紙だけでなく、身近にありそうな布切れなど色々な素材を使って、造形しているようで、それがまた魅力的である。
普段はおとなしく優しいお父さんが、怒りを溜めこむ中で突然爆発し、家族に暴力を振るうという、いわゆる家庭内暴力、DVを子供の視点から見つめている。怒ったお父さんの形相が、首や手足が長くなり顔も青ざめ、恐竜のようになってしまうのが、いかにも恐ろしげである。子供にとっては、なるほどそうかもしれない。それでも、自分のベッドの中で布団にくるまりながら、「お父さんが怒っているのは自分のせい」と感じてしまうのが、憐れである。暴力がおさまった後の部屋は物があちらこちらに散らばり、台風でも過ぎた後のよう。金魚鉢も引っくり返され、金魚が飛び出し息絶えている。死んだ金魚を鉢に戻す子供の悲しさはどれほどのものであろうか。
後日、母親が別の金魚を買ってあげるからと慰めてみても、子供は死んだものには代えられないと、それを拒む。子供はその怒りがまたいつか始まるかもしれないという恐怖におびえ、もはや父親に甘えるということはできなくなってしまう。金魚の死はそのことを象徴する。暴力におびえながらも、別れては生活していけないと耐え続ける妻、怒りが収まった後は、また元のように優しくなるということを繰り返すばかりの夫。子供はその間に挟まれて何もすることができない。近所のおばさんに「どうしたの」と聞かれても、何も答えることはできない。下手なことを言って、それが元で、お父さんが怒り出したとしたら、彼にはとても耐えられない。自分の中でそのことは「秘密」と決めている。家庭のことなので、近所の人はあまり口を出せない。家族もまた、気軽に他人に相談することができない。そうした中で家庭内暴力は続いていく。
この作品は、そうした問題の解決方法を提示している。それは、逃げてばかりいても解決するものではなく、勇気をもって他人に相談すべきものであること、また暴力を振るう本人にしても、治療を受けるべきものであることだ。この作品は、どこの世界にもある深刻な問題を切り絵アニメーションらしいファンタジーも取り入れつつ、子供にもわかりやすく作り上げていること、それが素晴らしい。ラスト・シーンの温かい父子のシルエットは、手作りの絵ゆえに、さらに温かみを増したのではなかろうか。
Text by藤澤 貞彦
オススメ度★★★★★
【原題】Sinna Mann
【英題】Angry Man
【監督】アニタ・キリ
2009年 ノルウェー 20分
カットアウトアニメーション
公式サイト:トーキョーノーザンライツフェスティバル

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