【東京ドキュメンタリー映画祭】山河の子(短篇コンペンティション部門)
最近とみに話題に上っている中国の留守児童の問題が日本で取り上げられ始めたのは、2010年前後からだろうか。この作品の胡旭彤(コ・キョクトウ)監督は、中国の出身で10代の頃から日本に住んでいるとのことだが、この問題には早くから心を痛めていて、それが本作の製作の動機だったという。思えば筆者がそうした現実があることを知ったのは、ワン・ビン監督『三姉妹~雲南の子』(12年)においてであった。母親は家を飛び出し行方不明、父親は街に出稼ぎにいったまま帰ってこず、10歳、6歳、4歳の三姉妹だけで暮らしている。村にはいつも濃い霧が立ち込め、道がぬかるむなか親戚の農作業のお手伝いをしているため、洋服は泥まみれになり、靴の中にまで泥の塊がこびりついている。その過酷な暮らしぶりに衝撃を受けたものだった。
この作品に登場する村は、それほどまでではないとはいえ、中国の経済発展とは無縁であることには変わりがない。粗末な家には電気こそ通じているものの、水道もガスもない。水を遠くから汲み運び、かまどで煮炊きをする生活である。そんな村の小学校は、外観に関しては『あの子を探して』(99年)の頃とあまり変わっていない。児童の数が少ないためクラスはなく、1年生から6年生まで、同じところで勉強しているのも同様である。教える先生も英語のスペルを間違えていたりして、はなはだ頼りない。
それでも中に入ってみると、プロジェクター付きの電子黒板が備え付けられているのには、驚いてしまう。さまざまな団体から寄付が寄せられている。これもそのひとつなのだろう。映画では、石油会社の社員たちがバスに乗って小学校を訪れる。慈善活動を会社のPRに使おうとしていることが見え見えの彼らと、それを承知でごちそうを頬張る子供たち。一所懸命踊りを踊ったり、歌を歌ったり、子供たちを楽しませようとしている彼らには、もちろん悪意はないが、子供たちのほうは食事のほうに夢中で、お付き合い程度に見ているといった風情である。食事をするために一列に並べられた机、机のこちら側と向こう側、施される者と施す者、実はそこに両者の超えられない壁があるように感じられる。机があるために両者は触れ合うことがないのだ。ある意味、これは現代の中国を象徴しているとも言えるだろう。
作品に出てくる三家族。父親が出稼ぎに行き、母親が家を出て行ってしまい、祖父母が面倒を見ている留守児童、障がい者の両親に育てられている児童、母親が出産の際亡くなってしまい、父親に育てられている児童。子供たちが、学校での生活と放課後に見せる表情が違うのも大変に興味深い。学校では元気な子供が、一人風船を膨らませて遊んでいる時に、ふと見せる寂しそうな横顔。学校では笑顔を見せているのに、家に帰ると表情が硬くなる子。学校では甘えん坊に見えるのに、家ではお兄ちゃんの顔になる子。それぞれが家の事情で、子供なりに複雑な心を抱えながら生きているのがわかる。
編集も担当した鈴木総平撮影監督が、意識的に入れたという三家族の食事場面。かまどに火を起こすところから始まって、小麦粉をこね、包丁を入れて麺にする。食事をする前の作業の中に料理をする人の家族への愛情が、食事をする風景の中に家族の絆が感じられる。保護者の側も、子供たちのことがよくわかっていて、心を痛めているのだ。両親がいて、生活にも困らない普通の家族とは明らかに異なるのだが、両者の心は決して断絶していない。障がい者の両親に育てられ、中学生になり早く家を出ていきたいと願っていた少年も、自分の家が普通の家族ではないことに対して、複雑な思いも抱いていたにしても、親の苦労、愛情はちゃんと理解している。水を汲みに来た父親と息子が、一緒にタンクを曳きながら真っすぐな道を共に歩いていくシーンに、未来への微かな希望が感じられる。
この作品は、結果的には留守児童ということ限定せず、色々な事情を抱える三家族に焦点を当てることになっている。どうしてこの家族を選んだのだろうか。それについて胡監督は次のように語っている。「一つの家族を例に挙げると、取材で学校に泊まり込んでいた時に、食事を食べに来ていた児童で、爪が汚れている子がいるのが気になって、話を聞いたところ、お母さんが亡くなり父親と暮らしているということを言っていて、それで撮ることにしました」と。石油会社の社員たちとは違い、まさに机のこちら側で子供たちと一緒にいるからこそ、これは撮ることができた作品だと言える。子供たちを見つめる、その繊細さ、温かさが、この作品の根幹をなしているのである。社会問題はあくまでもさりげなく、それ以上にこの作品が、家族の物語に昇華されている理由が、そこにあるのだ。
東京ドキュメンタリー映画祭2018
【日程】2018年12月1日(土)~12月14日(金)
【場所】新宿 K’s Cinema
【形態】1日2回上映、計28プログラム
「長編コンペティション部門」10プログラム
「短篇コンペンティション部門」9プログラム
「招待作品・プログラム」3プログラム
「特別作品・プログラム」6プログラム
【主催:neoneo編集室】
【公式サイト】http://tdff-neoneo.com/
※映画・テレビ・ネット動画の垣根をこえて、国内で撮られたドキュメンタリー作品が一堂に会する貴重な映画祭です。