『彼が愛したケーキ職人』イタイ・タミアさん(プロデューサー)
ベルリーンでベーカリーを営むドイツ人のトーマスは、恋人のオーレンを事故で亡くす。ベルリンにはいつも出張でやって来ていたオーレンには、故郷イスラエルに家族がいた。
恋人が触れたもの、恋人の面影を求めて、オーレンの家族がいるエルサレムを訪れるトーマス。自分とオーレンとの関係は明かさず、オーレンの妻・アナトが営むカフェで働き始める。トーマスが作るケーキはカフェのお客に大好評。2人はケーキ作りを通して引かれ合っていくが、やがてアナトはトーマスの秘密を知ることに…。
国境、宗教の違い、性別を超えて、幸せの在りかを探し求める人の姿、人間愛を描いた『彼が愛したケーキ職人』(公開中)。第31回東京国際映画祭の際に来日した同作のプロデューサー、イタイ・タミアさんのインタビューをお届けする。
ーーこの映画の企画の始まりから教えてください。
8年前にオフィル・ラウル・グレイツァ監督と出会いました。彼はベルリン在住で、私がベルリンの映画祭に行ったときに、イスラエルの映画関係のレセプションで脚本を渡されたのがきっかけです。
彼は新人でしたが、その前に40分のショートフィルムは撮っていました。新人監督と組むときはいつも、脚本にどれくらい個人的な要素が含まれているかを聞きます。そういう要素がなければ、脚本の力を信じらませんからね。オフィルは、「宗教」「食べ物」「恋愛」の部分が実体験や知人のエピソードに基づいたものだと話してくれました。
この映画にはいろんなタイプの愛が含まれています。料理に対する愛もあります。アナトは、トーマスが作ったケーキを一口食べて、その味と恋に落ちる。オーレンもまた、映画の序盤で、ケーキを一口食べてするするとトーマスと恋に落ちます。
オフィルは料理本を出版するほど料理に並々ならぬ情熱を持っているのですが、オーレンが恋に落ちたケーキ「ブラックフォレスト」は、彼の十八番のケーキだそうです。本作は米アカデミー賞外国語映画賞のイスラエル代表になったのですが、そのプロモーションのため、このブラックフォレストと他3種類のケーキのレシピを入れたブックレットも作ったんですよ。
ーーイスラエルでは、たとえば政治的な内容や、本作で描かれるような宗教的なものや、性的マイノリティに関する要素が多い場合、出資者が渋るようなことはないのですか?
この映画には、たしかにユダヤ教の戒律や同性愛の要素も出てきますが、みんなが楽しめる映画になっていると思います。
実は、イスラエルのテルアビブは、パリやニューヨーク、ベルリンと同じぐらい、ゲイの方に寛容な街ですし、イスラエル全体の状況もどんどん良くなっています。
ーー劇中では、アナトの義兄(オーレンの兄)のモティが非常に厳格なユダヤ教徒で、カフェにやって来てはコシェル(ユダヤ教の戒律に従っていることを示す食物規定)に従うよう口出しをしたり、外国人のトーマスが働くことに反対したりしますね。モティのような厳格なユダヤ教徒はエルサレムには大勢いるのですか?
ほんとに熱心な信者も、保守的な信者もたくさんいますが、もちろん全員があれほど敬虔なユダヤ教徒ではありません。ぜひ一度エルサレムに来ていただきたいと思いますが、エルサレムは特別な街で、さまざまな宗教の信者たちが住んでいます。イエス・キリストが亡くなった街でもあり、ユダヤ教とイスラム教の聖地でもある。それはこの映画からも感じられると思います。鐘の音が鳴り響くシーンがありますが、それはキリスト教の教会のもので、ユダヤ教のものではないんですね。いろんな宗教の音が聞こえる街です。