暗闇のカサカサッ。映画と飴玉

だいたい予告編が終わり、スーツを着たビデオカメラが盗撮防止を呼びかける頃だ。カサカサッ、カサッ、カサカサッ。照明のおちた映画館に渇いた物音が響く。ゴキブリかい!なこの物音。劇場名物、気持ち高齢の奥さま方の飴玉の登場である。

一時、本気で考えた。なぜ彼女らは飴玉を持って劇場にやってくるのか。しかも、小分けにして透明ビニール袋に入れている率が高かったりする。この年齢層に属する実家の母に電話で聞いたら、「あんなぁ。この歳になると粘膜が弱なんねん」との返答。まあ合点がいった。が、では、なぜあのタイミングなのか?もっと前じゃあだめなのか?咳が出て困るなら、クライマックス前でもよいではないか?そもそも、本編が始まって舐める必要がないなら、無理に舐めずともよいではないか・・・。疑問はさらに深まった。

小さな疑問を抱えつつ、その日も入った映画館。物語りも大詰め、さあ、いよいよだという時、それは始まった。「ぅぅ~ごぉっ!ごほほほっ!」急に喉の調子が悪くなったらしい男性客が一人。豪快な咳払いを始めた。5分たてども、10分たてども、獣のような咳払いがおさまる気配はない。ちっ、よりによって・・・誰もが苦々しい気持ちで男性をチラ見する中、ささっとくノ一よろしく暗闇を彼に走りよった老女がいた。「これ、舐めてください」

素敵だ。素直にそう思った。くノ一走りにではなく、女性の気遣いに、というのでもない。彼女は飴玉を与えることで「あなたのそれ、みんな止めてほしいのよ」っと、男性に暗に示して見せたのである。男性は理解したのか、飴玉を口に入れると咳払いを止めた。さっきまでのは何だったんだよ!とあの場にいた人の85%はそう思ったはずだが、それ以来、私は飴玉に対する見方を少々改めたのだった。使える。

つい先日のこと。特攻野郎の活躍を見るべく足を運んだシネコン。残念ながら、隣席の青年は断続的に小さく咳払いをし続けるという癖をもっているらしかった。重ねて言うが、映画館では非常に残念だ。しかし落胆と同時に、例の件以来携行している飴玉がこの日こそ使える・・・そう確信した。本編開始後、私は小声で故郷・紀州の名物、“那智の黒あめ”を彼に差し出した。「これ、喉に良いので―」。すると青年、「あ、黒あめって食えないっす」。ショックだった。キョヒられたことにではない。延々、咳払いを聞かされることにでもない。大好物の黒あめが否定されたことにである。なんだ、フルーツキャンディーだったら食べたというのか・・・。栄養豊富、風味絶佳なんだよ、こっちは。Aチームが巻き起こす爆音にも負けずに聞こえてくる咳払いを2時間聞きながら、いつの間にか自分がすっかり奥さまの見方になっていることに気がついたのだった。(N)

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