【TIFF】世界の優しき無関心(ワールド・フォーカス)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

甘くて苦いファンタジー
身売りに出される名家のお嬢様に力持ちで心優しい使用人が付き添う。ふたりの最初で最後の旅。鮮やかな映像とスラップスティックなユーモア溢れる世界にうっとりする逸品。カンヌ映画祭「ある視点」部門出品。

クロスレビュー

藤澤貞彦/ガラスの中の孤独度:★★★★★

 主人公サルナットの父親が大切そうにガラスの瓶を抱えている。中では蝶が外へ出たがり羽をばたつかせ、サラサラと音を立てている。光が瓶に差し込み、外には広い世界が広がっているというのに、蝶はもがくばかりである。差し押さえられた家具が外に運び出されていく。壁には家具の痕跡を示す、影だけが残る。破産し、追い詰められた父親は自殺する。床に落ちたガラスの瓶は砕け散り、蝶は外へと飛び出す。しかし、傷ついた蝶はその瞬間に息絶える。蝶とは美しい1人娘サルナットのこと。殺風景な砂漠を歩く赤い服の彼女は、大切に温室で育てられた一輪の花。そんな彼女が、父親の借金を返すために、使用人と外の世界へと旅立っていく。冒頭のシーンはその行く末を暗示している。それだけではない。白い花に血が垂れる鮮烈なファースト・シーン。追い詰められていく過程で変わっていく彼女の服の色。美しい映像の中に、さまざまな象徴的な図像を忍び込ませながら、この悲劇は淡々と進んでいく。「1度堕ちたら2度と這い上がれない」この静かで美しい作品に流れていたのは、そんな社会システムに対する監督の激しい怒りなのだった。

富田優子/無垢なるものの喪失を惜しみつつも、愛を祝福する優しい映画度:★★★★★

没落した名家のお嬢さんが亡父の多額の借金の肩代わりとして、身売りされることに。恐らく彼女は「蝶よ花よ」と大事に育てられたに違いない。そんな純真なお嬢さんが突然、世間の荒波に晒され、やがて社会の闇に引き込まれてゆく。彼女を慕う純朴な使用人の男も彼女を守ろうとするが、もはや彼個人の力でどうなるものでもない。彼女への愛のために身を切られるような思いで仲間を裏切る行為をしても、報われない。無力な人間が堕ちていく一方で、政治家や企業の癒着、警察の腐敗、都市部と地方の格差なども描かれており、二人の愛がイノセントなほど、闇が深く映る構図だ。悲劇的な結末を迎える二人だが、それでも彼らの周りは光が満ちている。二人の存在が忘れ去られても、世界は回り、光はきらめく。せめてもの安らぎが与えられたかのようで深い余韻を残す。本作は無垢なるものの喪失を惜しみつつ、それでもなお愛を祝福するような、優しい作品だ。


第31回東京国際映画祭
会期:平成30年10月25日(木)~11月3日(土・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:https://2018.tiff-jp.net/ja/

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