【TIFF】氷の季節(コンペティション)
作品紹介
19世紀デンマークの農村地。極貧にあえぐ農家の主は、娘を裕福な地主と結婚させて貧困からの脱却を図るが、思惑と運命が残酷に交差する。現代に通じる格差社会を描き、リアリズムに裏付けされた硬質のドラマ。
クロスレビュー
藤澤貞彦/悪い奴ほどよく眠る度:★★★★☆
冒頭から空気の色がもう北欧。究極の貧困状態に追い込まれた一家の主イェンスが娘を嫁がせることで生き抜いていく物語。オリジナ脚本ながら、文芸映画の香りがする作品である。この作品の面白さは、結婚後の人間模様にある。例えば貧しくても誇り高かったはずの父親が、娘を金持ちに嫁がせ身なりもよくなると一転、かつての自分と同じ境遇の人たちを平気でこき使えるようになるというところ。いかにも人間臭い。家族思いだったため、最初は結婚生活になじめず夫を拒んでいた娘も、いつしか嫁ぎ先の色に染まっていく。これは怖い。一家の主が取った行動は、悪魔に魂を売り渡すようなものではあったが、しかし本当に責められるべきは、搾取する側である。スウェーデンからやってきた嫁ぎ先の一家は、自分たちの利のためには他人なんかどうなってもいいと考えている。そんな彼らの行いによって周りがますます貧しくなっていくのである。まるで、新自由主義の旗の元に、国内の産業を荒らしていく外国企業のようではないか!彼らの心は平穏だが、イェンスに心の救済は訪れない。「悪い奴ほどよく眠る」とはよく言ったもの。それは今も変わらない。
ささきまり/なにごとも八分目がいちばん幸せなのかもしれない度:★★★★☆
努力が報われない、貧しい農地。カビてカチカチになったパンや、皿が透けて見えるほど少量のスープを一家4人が分け合う。干した牧草を取り込みきれないうちに降ってきた大雨に打たれる主人公イエンツの横顔をみていると、神様って厳しいなあと途方もない気持ちになるのだが、それでも彼と娘、二人の甥っ子の暮らす家には不器用な愛情と、ときには心から笑い合える瞬間もあった。しかしそれらも、娘と富豪との結婚を押し切ったときから次々と消えていく。一家が食べていくために悩み抜いたイエンツの決断を責めることはできないけれど、やがて彼が慢心から見せるようになる俗物性、たとえばあんなに愛した娘のピアノをろくに聴きもしないで食べ物を口に運び続ける品のなさなど目をそらしたくなった。娘にしても、奥様として洗練されていく佇まいよりも、牛の出産に立ち会ったときの汗だくの笑顔のほうがよほど美しい。ラストで、娘が口にする「Tak(ありがとう)」を聞いたイエンツの苦渋に満ちた表情には、取り返しのつかない罪を犯したことへの絶望と、今なお娘の幸せを守ろうとする父性がないまぜになっていた。腹を満たすことと心を満たすことを両立させるのは、人間にとって、こんなにも難しい。
第31回東京国際映画祭
会期:平成30年10月25日(木)~11月3日(土・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか都内の各劇場および施設・ホールを使用
公式サイト:https://2018.tiff-jp.net/ja/