(ライターブログ)ミケランジェロ:愛と死

今も愛され続ける理由【映画の中のアート #16】

『ダヴィデ』アカデミア美術館 (R)デビッド・ビッカースタッフ

今回ご紹介するのは『ミケランジェロ:愛と死』。「神のごときミケランジェロ」と称されたルネサンスの巨人が今回のテーマです。実はこの映画、芸術家とその作品に焦点を当てた「アート・オン・スクリーン」というドキュメンタリーシリーズの日本公開第1弾でもあります。現在、上野の国立西洋美術館では「ミケランジェロと理想の身体」と言う展覧会が催されており(2018年6月19日~9月24日)、彼の彫刻2点「ダヴィデ=アポロ」「若き洗礼者ヨハネ」が来日しています。そんなわけで、今はミケランジェロにどっぷりとはまる絶好の機会、というわけなのです。

ミケランジェロ・ブオナローティ(1475-1564)と言うと多くの人はヴァチカン・システィーナ礼拝堂の天井画や祭壇画「最後の審判」を思い浮かべるかもしれませんが、彼はあくまで自分は彫刻家であると語り、88歳で亡くなる数日前まで彫り続けていたと言われています。映画では、若き日の鮮烈な作品「ピエタ」、いまもなおフィレンツェのシンボルである「ダヴィデ」、システィーナ礼拝堂の絵画、ユリウス2世の墓碑、素描「パエトンの墜落」などを紹介しています。個人的には、サン・ピエトロ大聖堂「ピエタ」(1499)のキリストの顔は必見。現地では角度的に上から見ることは不可能ですし(しかも今はガラス張りになってます)、死せるキリストがこんな穏やかな顔をしていたのかとちょっと驚きました。

『ピエタ』サン・ピエトロ大聖堂

また、当時としては極めて異例なことですが、ミケランジェロは生前に2つの伝記―「芸術家列伝」で有名なヴァザーリ、弟子コンディヴィによるもの―が綴られており、映画ではこれらや本人が残した手紙、手記なども紹介しミケランジェロのナマの姿を浮き彫りにしてきます。しかもおもしろいのは、映画に登場する現代の研究者たちの言葉。まるで彼と実際に会ったことのあるかのように語り、「ミケランジェロ大好き!」という愛情がひしひしと伝わってくるのです。
実は私、同じ誕生日(3月6日)なので、人一倍思い入れがあるのですが……特に好きなのは、教皇ユリウス2世がシスティーナ礼拝堂の天井画について「いつできるのか」と急かしたところ、「私ができた時です」とミケランジェロが返答したエピソード。神の代理人たる教皇に対し、何と痛快な! そしてできた作品が「あれ」ですよ……。自分は彫刻家なのにとタラタラ愚痴りながらも(いやそういう不満は全く当然なんですけど)、やってのけたことの偉大さと言ったら。「神のごとき」と言う枕詞は伊達ではない。芸術家としての筋の通し方。そして頑固で偏屈という人間臭いところも、今の世にも愛される理由なのではないかなあと思います。

一方で、ミケランジェロの生きた時代の困難さと、それでも彫刻家でありつづけようとした彼の生きざまには切なさも感じます。彼の彫刻には未完のものも少なくありません。同じルネサンスの巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチは熱しやすく冷めやすいその性格から未完の作品が多いと言われていますが、ミケランジェロの場合、時の教皇などパトロンからの招聘を受け、制作途中で赴かざるを得なかったというのも理由の一つに挙げられるでしょう。石の中から捕らわれたものを解放するかのように掘り続けたミケランジェロ。制作過程や彼の迷いなど、未完の作品が示してくれるものも多くあります。しかし、もし、限られた人生の時間を彼がもっと彫刻に費やすことができたなら、違う次元のなにかを私たちに残してくれたのではないかと思ってしまいます。歴史にifはなく、彼の残した数々の絵画が人類の遺産であると、分かってはいても。

▼作品情報▼
『ミケランジェロ:愛と死』
プロデューサー:フィル・グラブスキー
監督:デビッド・ビッカースタッフ
2017年/イギリス/90分
2018年6月23日より東劇、ミッドランドスクエアシネマ、なんばパークスシネマにて順次公開ロードショー

▼作品▼
ミケランジェロ・ブオナローティ「ダヴィデ」(1504)
アカデミア美術館 フィレンツェ/イタリア
ミケランジェロ・ブオナローティ「ピエタ」(1499)
サン・ピエトロ大聖堂 ヴァチカン市国

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