喜劇映画のビタミンPART8突貫レディ『荒武者キートン』

時代考証、ギャグ、アクション、キートンのこだわりを新野敏也さんが徹底解説

リラピアノ
キートンの恋人がピアノを弾くシーンで、これはリラピアノ(1820年代のベルリンで、スペースの節約を目的として製作された)というものを使っています。先ほどバニラさんも説明されていましたが、今でいうフォルテピアノというグランドやアップライトなどの型式が発明される前に、裕福な家庭で使われていたものです。グランドピアノをそのまま立ち上げたように、弦の部分が直立しているのですが、音色からして今のピアノとは随分違いますね。本日は、坂本さんがその音色を再現されています。もっとも、これは無声映画で音が出ませんので、映画の中で使われていたものは、ひょっとするとセット用に作ったもので、本物のリラピアノではないかもしれないですね。柳下美恵さんの卒業された学校(武蔵野音楽大学)に現物が置いてあるそうです。

ゼンマイ式懐中時計
キートンが懐中時計を取り出すシーンがあります。当時腕時計はなく懐中時計しかなかったのですが、これはゼンマイ式の時計です。1844年にパテック フィリップという会社によって、リュウズ1つでゼンマイ巻き上げに時刻合わせも可能という発明がされます。それまでは、鍵を差し込んでゼンマイを巻いていました。昔の柱時計もそうでしたよね。当時の時計は、鉄が脆かったので、早いスピードで思いっきり回すと、ゼンマイが簡単に切れてしまいました。なので、鍵を差し込んでゆっくり回さないといけないのですが、キートンは大きな手回しクランクを差してあっさり回しています。これはギャグなのですが、1923年当時でも、うっすらとそれを覚えているおじいさんでもない限り、観客にはギャグとわからなかったかと思います。今回はバニラさんが活弁で解説されていたのでわかりましたが、それがないと見過ごしちゃうような場面です。

爆薬と特撮
川に爆薬をしかけ、堰き止めていた水を放出させるシーンがありますが、これはダイナマイトが発明される以前の話ですので黒色火薬を樽に詰め、また導火線も発明されていませんので、紙で作ったこよりに火を点けて爆発させていました。さらにはマッチも発明される以前でしたので、ランプから木の枝に火を移し、それで引火させています。こんなストーリーの補足みたいなシーンでも詳細な時代考証がなされております。あと、何が凄いって、その後の爆発のシーン、ミニチュアで撮影しているのですが、のちの怪獣映画でミニチュアのビルを壊したりする時に行われる、スケール感を合わせるための手法(スローモーション)を、すでにキートンが使っております。さらに言えば、滝になってキートンの目の前を流れ落ちる水は実寸大のセットを使っていますが、その水の量もミニチュアを使っている部分ときちんと合わせております。長編第1作ということにしても、凝りすぎているのではないかなと思います。


⑶ アクションシーンのこだわり

川に流され今まさに滝へ落ちようとしている恋人を、危機一髪キートンが救い出すクライマックスのシーンですが、初めてこれを観た時には、私も非常に驚いてしまいました。家に帰ってしばらくして、それにしても滝を真正面からしかも滝口と同じ高さで撮っているのは、一体どうやったのだろうと疑問を持ったのですが、長い間それがずっとわからないでいたのです。

 実はこの撮影は、本当の滝で1度やったところ、ロープが切れ落っこちたキートンが怪我してしまったために、セットに作り替えたということでした。これが滝のセットの全景ですけれども、それにしてもすごく大きなセットです。本人と比べても、この滝壺相当大きいです。水量もかなりの量なので、ロケ地だったタホ湖の水をポンプで汲み上げ循環させているのかと思います。

これは撮影風景ですけれども、この背景はマットペインティング(現場でカメラ前に手描きの風景画や写真を修整したものをかざして撮影する)ですね。カメラのあるこちら側に先ほどの背景を置いて、いかにも高いところにいるように見せています。

今まさに恋人が滝から落ちようとしているシーンでは、流されている彼女の近景と遠景を、慎重にカット割りして繋いでおります。滝から落ちそうになる遠景の部分で人形に切り替えて、それをキートンがロープでもって救い出します。ロープに繋がった人形がサーカスの空中ブランコのように滝口で弧を描いた後、最後岩棚に落ちるところ、ここは本当の人間に切り替えています。この作品に出ているのは、キートンの実の奥さん(ナタリー・タルマッジ)なのですが、奥さんだからといって、これは危険なので、キートンと同じくらい身体能力の高い彼の妹マイラが代役を演じています。アップになった時に初めてナタリー・タルマッジに戻るのですね。

このシーンのアクロバットもキートン自身が本当にやっておりますので、すごいなと思います。いくら人形を使っているからといっても、水に濡れた状態です。冷たい水と水圧を身体に当てられた場合、筋肉疲労で身体が動かなくなります。女性を救った後キートンは自力でロープを使って崖の上に登っていきますけれども、そこまでの体力は普通の人には残っていないはずです。例えばプールで泳いでいて、水から上がる時にだるく感じられるという経験をした方は多いかと思います。水着でさえそうなのに、服がビショビショになっている状態でロープを登っていくというのは、普通の体力や技術ではできないことですので、キートンの身体能力は桁違いなのですね。これこそが彼の持ち味なのです。

※写真資料提供:©️喜劇映画研究会&株式会社ヴィンテージ
※写真:藤澤貞彦

出演者プロフィール



山崎バニラ(やまざき ばにら)http://vanillaquest.com/ 
活動写真弁士。2001年、無声映画シアターレストラン「東京キネマ倶楽部」座付き弁士としてデビュー。“ヘリウムボイス”と呼ぶ独特の声と、大正琴とピアノを弾き語る独自の芸風を確立。声優としてもテレビ東京系アニメ『ポチっと発明 ピカちんキット』ポチロー役他出演作多数。宮城県白石市観光大使。『喜劇映画のビタミン』では語りに徹して初ネタを披露。

坂本真理(さかもと まり)http://www.murasakimusiclabo.com/
国立音楽大学教育音楽学部リトミック専攻卒業。古楽、民族楽器楽団「ぺとら」主宰。むらさき幼稚園園長を経て、むらさきmusicラボを設立。日本ジャック=ダルクローズ協会会員、日本ダルクローズ音楽教育学会会員。リトミックの理念を活かし、スクリーンの中の情景と動きをリズムで表現。無声映画を鍵盤楽器やパーカッションの音で語り、声で奏でる楽士。

新野敏也(あらの としや)
喜劇映画研究会の二代目代表。1985年より欧米の国際フィルム・アーカイヴ連盟(FIAF)加盟美術館や各国の著名収集家からフィルムや資料を譲り受け、『コメディの歴史を網羅したコレクション』を構築した。これらの資料を主軸に、映画祭、ライヴ・イベント、教育機関、各種メディア、博物館などで講演や企画協力を行なっている。撮影技術、演出、製作プロセスの分析を得意とする。

喜劇映画研究会(きげきえいがけんきゅうかい)http://kigeki-eikenn.com/
1976年に当時中学2年だった劇作家のケラリーノ・サンドロヴィッチが文化祭で行なった自主上映会を出発点に、現在は文化啓蒙と社会貢献を目的に活動展開する非営利サークル。

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