喜劇映画のビタミンPART8突貫レディ『荒武者キートン』
7月21日(土)お茶の水のエスパス・ビブリオにて、喜劇映画のビタミンPART8として、生演奏&パフォーマンス付き無声映画上映会が行われた。活弁に山崎バニラさん、演奏に坂本真理さん、そして解説で喜劇映画研究会の新野敏也さんが出演した。
今回の作品は、大量に水が出てくることから、先の西日本の水害に心を痛めていた新野さん、上映会をどうすべきか迷ったこともあったそうで、それでも「やはり我々が無事に観られることを感謝して、追悼の気持ちは大切に持ったうえで、今生きること、やるべきことをやるべきかな」と、そのまま開催することを決意されたとのこと。
今回は、通常の上映スピードではなく、シーンや内容によってスピードを変えて上映するという、おそらく世界でも初めての試みが行われた。すなわち、ドラマシーンはじっくりと、コミカルなシーンはちょっぴり早く。ただ通しで観ていると、どこが早くてどこが遅いのかは、まるでわからないというのが正直なところ。とはいえ、公開当時の1秒間16コマで回すと70分から75分くらいの上映時間になるところが、今回は当時そのままのノーカット版で上映して、約60分。ドラマ部分が情緒的に感じられたことは、確かである。
上映作品『荒武者キートン』Our Hospitality 1923年 アメリカ映画
【ストーリー】
「アメリカの南部には肉親の仇を討つ習俗があり、その宿根は強く、何代にもわたることがあった」キャンフィールド家とマッケイ家はそんな間柄。ジョン・マッケイは仇討ちに来たキャンフィールド家の者と相撃ちになり死亡。残されたマッケイ家最後の1人ウィリー(バスター・キートン)は、赤ん坊の頃ニューヨークへと引っ越していく。20年後、青年になった彼は、亡父の遺産を相続するため、汽車で生まれ故郷に帰ることになった。道中美しい女性ヴァージニア(ナタリー・タルマッジ)と親しくなり、家族との夕食会に招待されるが、あろうことか、彼女はキャンフィールド家の娘だった。家族の仇討ちに燃えるキャンフィールド家の人々、ウィリーを守ろうとするヴァージニア、果たして2人は無事に結ばれるのだろうか。
今回の上映は、演奏にクラシック音楽の雰囲気もあり、山崎バニラさんの活弁もどこかしっとりした感じを受けた。演奏の坂本真理さんによれば、タイトルバックは、宮廷で踊られていた舞曲をイメージしてフォリアのリズム、テンポで曲を作られたとのこと、さらには坂本さんのヴォーカリーズ(歌詞のない歌)が入り、ロミオとジュリエットのような家族同士の復讐の物語という内容とも相まって、古典文芸映画のような雰囲気さえ漂う始まり方である。川を流され、滝に落ちそうになる緊迫のクライマックスも、よくあるコメディ調の音楽ではなく、またサスペンス風の音楽でもなく、そこにドラマを感じさせるようなものになっているのが、印象的だった。
「機関士を演じているのは、バスター・キートンのお父さんジョー・キートンです」「これは当時お金持ちの家庭で流行していたリラピアノです」など、山崎バニラさんの活弁は、知りたいと思うところ、あるいは観客が気付かない部分を巧みにサポート、その心遣いが的確で心地よい。「あれあれ、汽車の後をまだポチロー(汽車に乗ったバスター・キートンを見送ったはずの愛犬)がまだ追いかけております」観客が「あれっ、この汽車は犬並みのスピードしか出ないのかな」と思ったその一瞬に仕掛けてくる、バニラさんならではの絶妙なタイミングのツッコミも、コメディ映画の楽しさを増幅させている。(※ポチローとは、テレビ東京系列のアニメ『ポチっと発明 ピカちんキット』で山崎バニラさんが声を担当している犬の名前)
「今回はデジタル上映だったのですが、私たちも会ってリハーサルはできず、オンライン上でそれぞれ音源をアップロードしてデジタルリハーサルをしてまいりました」と、山崎バニラさん。ピストルの音、機関車の蒸気の音などのリアルな効果音、音楽、登場人物たちの会話、解説が最初から、フィルムのサウンドトラックに入っているかのような調和をみせている。坂本真理さんによれば、「活弁を聞きながら、大切な説明時には音楽を引き算するなど、演奏音源をそれに合わせ、最終的にかけあいになるように調整していきました」とのことである。
演奏でとりわけ心惹かれたのは、映画の中で弾かれるリラピアノの音である。「ピアノの弦自体は同じなのですが、叩くものが違います。現在は羊毛をフェルトで覆ったハンマーを使っているのですが、これは鹿の皮を使っています」と坂本さん。慎重に調べられ、アクションの戻りが遅い(ヴィンテージピアノは同じ音の連打の時に、少し遅れる)雰囲気までも再現されたそうだ。
演奏は、61鍵のキーボードのみ。それで様々な弦楽器を弾き分け、効果音までチューニングで作り出す。それはまるで魔法のよう。音楽と活弁そしてサイレント映画、彼女たちによって引き起こされる活動写真の化学反応。これから先どんな展開を見せていくか、ますます楽しみである。
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