柳下美恵のピアノdeシネマ2018「特選バスター・キートン」

『キートンの結婚狂』キートンの魅力再発見! 解説:新野敏也さん

【復刻版でカットされていた部分の上映とその解説】

この映画のストーリー展開は違和感なく観ることができましたが、実は復刻版で、重要なシーンの欠損が判明しました。このフィルムはオリジナル版も残っていまして、その版ではクライマックスの殴り合いのシーンが長くなっております。今日はそのフィルムをお持ちしております。キートンは、映画会社から従来のアクロバットを封印されていましたので、自動車ごと埠頭から落っこちるシーンなどはスタントマンを使っていましたが、このカットされたシーンだけは、生き生きと、封印されていたはずのアクロバットをこなしています。

帆船の船室に閉じ込められている女性を救出するシーンから始まります。この最初の部分は同じです。この後がカットされていた部分です。キートンが悪漢たちを何人倒したかカウントして、残党を片付け、最後にボスと闘います。よくカメラが動くところは、今までのキートンの映画とは違うのですけれども、闘う中で弾き飛ばされたキートンが海に落ちる寸前、辛うじてヤード(帆をつける横棒)にしがみついて海上を滑っていくシーンは、今までの彼のアクロバットを彷彿させてくれます。

ここからの見せ場が凄いです。船首で悪漢に海へ落とされたキートンは、動いている船体のすぐ脇を流されながら船尾に繋げられているボートに辿り着き、そこから船にはい上がっていきます。ここは並走する別の船から、ずっとカメラで彼の動きを追っています。撮影されたカリフォルニア沖の当時の水温を調べたら、11度から14度となっています。かなり冷たいはずですね。しかも着衣水泳で流されながら船尾にたどり着くのは、簡単なことではなく相当な訓練が必要なものです。ここまでが復刻版から欠落していたシーンで、以降は復刻版のラストシーンに繋がります。服全体が濡れているのがわかります。服が濡れた状態で船の上に登ってくるということ自体、通常の筋力ですと難しいのですが、そのうえ冷たい水から上がってきていますので、キートンの身体能力というのはやっぱり桁が違うなと思います。

先ほど作られたシナリオに沿ってといいましたが、それでもこれまでのキートンの映画のように、アドリブと思われるシーンもいくつかあります。舞台女優に恋したキートンが、彼女とキスシーンのある俳優の代役としてステージに上がり、モタモタした挙句にセットを壊して芝居をメチャクチャにしてしまうシーン。本番前に、化粧台の前で髭を付けるところで、間違って自分の耳を切りそうになるなど、余計なことを色々やってしまうシーン。あの辺りは、キートンが昔からやっていることそのままですね。

あと、酔いつぶれた女の人をベッドに寝かせようとするのですが、何回やってもうまくベッドに寝かせられずに、モタモタしているシーン。あれはまさにキートンお得意のギャグです。監督とプロデューサーはエドワード・セジウィックが兼任しております。この人はキートンにはかなり好意的だったこともあり、比較的昔のキートンの映画に近い状態でアドリブができたのかもしれません。復刻版でカットされていたアクションシーンなども、これ以降のトーキー作品になると完全に封印されてしまいます。それは監督が代わってしまったということもあるかもしれません。もっとも先ほどの着衣水泳のシーンに関しては、それがいかに危険なことかを、監督がよくわかっていないからやらせたのかなと、ちょっと思ったりもしたのですけれども(笑)



観客 「相手役の女優さんも結構アクションをしっかりしているように見えたのですが」

新野 「多分スタントを使っている部分もあるとは思います。キートンはこの時ちょうど離婚調停中で、奥さんとは別居していました。この女優さんはこの当時、キートンのカノジョだったのですね。それですごく相性がいいのです。特にベッドに寝かせようと悪戦苦闘するところなんかは、私生活でも相当練習していたんじゃないかと思います(笑)この女優さんは40年代まで活躍していますが、これ以降2人の関係がどうなったかはわかりません。キートンも実際この人ではなく別の人と再婚しますので」

観客 「復刻版で今の場面が何でカットされたかご存知ですか」

新野 「復刻版は、MGMの倉庫にあったものを使っています。おそらく劣化がひどくて抜いてしまったのだろうと思います。ストーリーを損なわないようにうまく編集してありますね」

柳下 「それでもあっという間に助かっちゃう印象ですので、あのカットされた部分はあったほうがいいですよね」

新野 「『結婚狂』と『カメラマン』の2作品は21世紀に入るまでは、ネガの修復が不可能ということで、もう2度と観られない状態だったのです。21世紀に入ってから現像所の技術が進んで、修復することができました。それが最初に上映したバージョンです。今ご紹介した、復刻版でカットされていた部分のフィルムは、アルゼンチンのコレクターで公開当時のプリントを持っていた人から、その複製を譲り受けたものです。実はたまたまこの作品を1、2年前に神戸で上映した時に、もっと闘っているシーンが長かったのではないかなという気がして、今回の上映の前にこの複製のほうを見直したところ、抜けているのがわかりました。ただ、今回は時間的に準備が間に合わなかったので、スクリーンに上映したものをビデオに撮って、今日のオマケとさせていただきました。いずれ完全な状態に組み直そうとは思っております」

柳下 「先ほどアルゼンチンのコレクターって言われていましたけれど、アルゼンチンにはそういうのが残っていたりするのですか。フリッツ・ラングの『メトロポリス』は色々な国から取り寄せ、綺麗に修復した後に、アルゼンチンから16ミリが出てきたなんてこともありましたものね」

新野 「それは同じ人ですよ。エンリケ・ブッシャールさんという方です。もう多分亡くなっていると思います。『結婚狂』のオリジナル版を譲り受けた時が、もう35年以上前のことだったかと。その時既に90歳近い歳でしたから。21世紀に入る前にその方が持っていたコレクションをニューヨーク在住のコレクターが全部買い取ったらしいです。『メトロポリス』の修復は1990年代にこのアルゼンチンのプリントとか、色々なものを合わせて修復しています」

柳下 「35年以上前に譲り受けたのに、なぜそちらを上映用データにしなかったのですか」

新野 「画質がそんなによくないのですね。当時のアルゼンチンは国情が不安定で、フィルムの品質や現像所の技術水準が低かったということもあります。それと公開当時のプリントのために劣化しているということもありました。この方はとにかく膨大な量のフィルムを持っていました。その中にはもう現存しないと言われていた映画がかなり含まれていたんです。90年代にトリプル・エクラン(三面スクリーン)で上映されたアベル・ガンス監督『ナポレオン』のオリジナル版もその人が持っていました。コッポラがこれを修復する際、足りないカットを補うために、その人のプリントを一部使っております。例えば雪合戦で雪の玉を投げるシーンで、実験的にカメラを投げることによって、飛んでいく雪弾からの風景の見え方を描写しているのですが、そこはアルゼンチンにあったフィルムを使ったと伝えられています」

柳下 「本当に色々なところから無くなっていたフィルムが発見されることがあるのですね。皆さん、発見したぞっていうのがあったら教えて下さい。本当にホーム・ムービーのようなものでも結構貴重なものが写っていたりしますので、ぜひ」

※写真資料提供:©喜劇映画研究会&株式会社ヴィンテージ

≪新野敏也(あらのとしや)さんプロフィール≫

喜劇映画研究会代表。喜劇映画に関する著作も多数。
最新刊「〈喜劇映画〉を発明した男 帝王マック・セネット、自らを語る」
著者:マック・セネット 訳者:石野たき子 監訳:新野敏也 好評発売中
7月21日(土)15時~17時
「突貫レディ/バスター・キートン考」をエスパス・ビブリオにて開催。

出演:山崎バニラ、坂本真理、新野敏也
上映作品:『荒武者キートン』
Web:喜劇映画研究会ウェブサイトhttp://kigeki-eikenn.com/
ブログ「君たちはどう笑うか」http://blog.seven-chances.tokyo/

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