柳下美恵のピアノdeシネマ2018「特選バスター・キートン」
『キートンの結婚狂』Spite Marriage
1929年[アメリカ映画/DVD/73分]
M.G.M.=エドワード・セジウィック・プロダクション作品
日本語字幕:石野たき子
出演:バスター・キートン(クリーニング店の従業員エルマー)、ドロシー・セバスチャン(エルマーの好きな女優トリルビー)、エドワード・アール(男優ライオネル・ベンモア)、リリア・ハイムズ(女優仲間)、ウィリアム・ベッチェル(男優仲間)、ハンク・マン(舞台監督)
5月4日(金)アップリンク渋谷にて
ストーリー
クリーニング屋でプレスを担当しているエルマー(バスター・キートン)は、美人の舞台女優にぞっこん。毎日劇場に足を運んではうっとりしている。ひょんなことから傍役だが彼女にキスできるおいしい役を得たエルマーだったが、所詮素人。舞台では要領を得ず、お芝居を滅茶苦茶にしてしまう。しかし、舞台女優は恋人にフラれた腹いせに、楽屋口でしょんぼりしていたエルマーに目を付け、結婚する。ヤケクソになり、夜ごと浴びるほどお酒を呑みフラフラになって家に戻る彼女だったが、そんなこととは露とも知らず有頂天になっていた彼は、かいがいしく新妻の世話をするのだった。しかしそれも束の間の幸せ。エルマーは彼女の元のフィアンセによって家を追い出されそうになり…。
新野敏也さんによる前説
『キートンの結婚狂』はトーキーの時代に入ってから作られていて、キートンの最後のサイレントの作品になります。今までキートンは自分が監督と主演を兼ねて映画を作っていたのですが、MGMにスターとして迎えられてからは、作られた脚本に従い、役者に専念するという映画会社側の方針に従って作られるようになりました。これがその2作目になります。
キートンの映画を既にご覧になっている方は、登場した時からあれっと、思うところがあるかと思います。それはまずメイクですね。今までのキートンの映画ですと、白塗りにし眉毛やアイラインを黒く入れて、顔がくっきりわかるように作っていますが、この映画は自然なメイクになっております。なので、登場した時のキートンの顔が、いつもと違うと感じられるかと思います。初めてキートンをご覧になる方は、すごくよくできたドラマだという印象を持たれるかと思いますが、キートンの大ファンの方ですと、なんか雰囲気が違うと感じられるかもしれません。これは映画会社側がキートンに対して、彼が得意としていた奇抜なアイデアやアクロバットを封印してしまったからです。キートンはスターの扱いでMGMに迎えられたので、危険なことはやらせない、そして脚本に従った形でやるという契約になっていたのです。
なので、今までの作品と比べると、どちらかといえば、よくできたアクションコメディという風に見えますが、だからといってつまらないというわけではありません。キートンを熱烈に愛する研究者の方たちは、MGMに移ってからの『キートンのカメラマン』と『結婚狂』はサイレントではあるのですが、この時点でキートンはもう終わったとか、愚作だなどと言っております。けれども決してそんなことはなく、非常によくできた映画です。ただ今までのキートン風と違うとは言えます。個人的にはこの作品は『キートンのカメラマン』と比べて、キートンの魅力が広がっているとさえ思っております。
【映画上映】
以前の作品と比べてドラマ性が強まり、それに合わせてキートンの表情が豊かになった本作。そんなチョッピリ情感漂うキートンの演技に寄り添うかのように、柳下美恵さんのピアノも情緒豊かで、しっとりジンワリ心に染み入ってくる。
解説とトークショー(新野敏也さん&柳下美恵さん)
新野敏也さん(以下新野) 「先ほどアクションコメディといいましたが、アクションならぬロマンティックコメディという感じもありましたね」
柳下美恵さん(以下柳下) 「いつものキートンはアクションとシャイな性格が特徴と言えるのですが、この作品はアクションがない分、彼の性格の部分がすごくよく表れている感じですね」
新野 「キートンは無表情ではなくて、笑うこと以外は、ちゃんと表情を作っていますね。映画の作り方も、彼のこれまでの映画と同様ハッピーエンドにはなっていますが、その手前で悲しい別れが訪れるかのように見せかけて、それが一転するという見せ方にしているところが、違っております。またこの作品は、ドラマとして完成させようとしている感じがありますので、よりリアルに見せるために、最後の殴り合いのシーンでは、キートンが口を切って血を流しているところを写しております。今までのキートンの映画では、殴り合いはあくまでもコミカルで、怪我をした時には、目の周りを黒く塗るだけだったのですね。流血はご法度というのが、スラップスティックの原則とされていたからです」