犬ヶ島

映画と。ライターによるクロスレビューです。

【作品紹介】

第68回ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞作。
『グランド・ブダペスト・ホテル』でアカデミー賞4部門受賞のウェス・アンダーソン監督最新作のストップモーション・アニメ。4年の歳月をかけ、670人ものスタッフが、登場人物や犬、そして日本のセットを、一つ一つ精緻に、心を込めて作り上げた。豪華で多彩な声優陣も大きな話題だ。
近未来の日本。犬インフルエンザが大流行するメガ崎市では、人間への感染を恐れた小林市長が、すべての犬をごみ処理場の島“犬ヶ島”に追放する。ある時、市長の養子で12歳のアタリは愛犬スポッツを探すため、一人で小型飛行機に乗り込み、犬ヶ島に降り立った。島で出会った勇敢で心優しい5匹の犬たちを新たな相棒とし、スポッツの探索を始めたアタリは、メガ崎市の未来を左右する大人たちの陰謀へと近づいていく──。

【クロスレビュー】

富田優子/声を上げることの大切さを描く、ワクワクな映画度:★★★★★

全編ストップモーション・アニメということで、手作り感が満載。犬の毛並みなど、CGでは決して出せない温もりがあり、シュールでキュートでユニーク。相撲に和太鼓、北斎や広重の浮世絵、舞台となるメガ崎市(多分、川崎市がモデルではなかろうか)、壁の落書きの日本語の細部に至るまで、アンダーソン監督の日本への行き届いた目配りと愛情が感じられる。監督の作品はいつもイマジネーション豊かで、その世界観は唯一無二のものだが、本作ではそれを4年かけて創り上げたという熱意には、ただただ頭が下がる。
とにかく見ていて楽しくて、ワクワクするのだが、それだけでは終わらない。愛犬スポッツを探すアタリ少年と彼をサポートする犬たちの旅を通して、否なものに声を上げることの大切さを描いている。対立候補を暗殺し、不正選挙で当選した市長の暴政がまかり通るメガ崎市。民衆の恐怖を煽り、支持をとりつけるなんて、どこかで聞いたことあるような・・・。だが、市民が「おかしい」と気づいたとき、何もしなければ「何か変」が普通の状態になってしまう。アタリとともに反対派の代表格にトレイシーという高校生を据えたことで、監督は未来への希望を託したのではないだろうか。奇しくも米国では、高校生が銃規制の声を上げたこととも重ね合わされる。

鈴木こより/なぜ日本犬が登場しないの?度:★★★★☆

日本の芸術から歴史、衣食住といった生活文化にいたるまで、舐めるようなリサーチを重ねたのだろう。それを吟味してウェス流に再構築しているのが楽しい。カゴに入れられた犬が、犬たちに担がれて行列で遠路運ばれるシーンに「これは参勤交代のイメージでは?」とハッとさせられる。今昔さまざまな日本の光景がモチーフになっているようでワクワクした。それを実写でなくストップモーション・アニメで描くという試みは、イメージのまま自在に操れるという意味で、最適解だったのかもしれない。しかも和太鼓の皮の振動まで表現するなど妥協はなく、1度の鑑賞ではとても味わい尽くせない深みがある。気になったのは、ゴミ島に登場する犬がみな洋犬で、秋田犬とか柴犬といった日本犬が1匹もいないこと。監督が思い描く20年後の日本では、日本犬が絶滅しているということなのだろうか。或いは、この物語を日本だけではなく、グローバルなテーマとして描いているからなのか。はたまた、鎖国もしていた日本人の排他的な性質を暗に仄めかしているからなのか? だとしたら、可愛いフリして案外辛口!?な作品である。

外山香織/和太鼓に鼓舞される度:★★★★★

まずはIsle of dogsの邦題をよく『犬ヶ島』と名付けたと思う。桃太郎伝説では、桃太郎が犬猿キジと共に鬼ヶ島に鬼退治に行く。一方、犬ヶ島にいるのは追放された犬たちで、少年アタリが護衛犬のスポッツを探しに行く冒険譚だが、背景には犬の隔離政策を敷くメガ崎市長による陰謀があり、最終的には勧善懲悪な展開に。おかしな為政者からの解放という点は桃太郎と共通している。しかしまあ、日本が舞台とは言え本作はウェス・アンダーソン監督の強烈なイマジネーションを元に作られた箱庭という印象だ(ラーメン博物館的なものと近い感じがする)。だが決してテキトーに作っているのではないことは一目瞭然。「日本」に関する丹念なリサーチ、綿密な技術、それを可能にした執念には舌を巻く。さらに印象的なのはアレクサンドル・デスプラが手掛ける音楽。和太鼓の音があんなに表情豊かであるとは新たな発見だった。ときには不安を煽り、ときには勇猛に。その力強い調べは私たちの心を鼓舞する。とにかく、いままで観たことのない種類の映画であることは間違いない。


(c)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation
5月25日(金)全国ロードショー

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