『血観音』楊雅喆(ヤン・ヤーチェ)監督

相手への支配を美しい言葉で包み隠す文化がある

——この映画で描かれる、母が娘を所有物のように支配してしまう関係を日本では「毒親」と言ったりします。台湾でも多いのですか?

楊:とても多いです。母と娘に限らず、息子のケースもあります。台湾人は、子どもをたとえば医者にして、将来は自分たちを養ってほしいと考えがち。子ども自身がどうしたいのかを考えない傾向があります。でも、これは世界中、誰にとっても身に覚えがある話ではないでしょうか。

プロットの段階で、この三世代の女たちを「樹とツル」のような関係と設定しました。木が枯れるとツルは枯れてしまう。共依存の関係です。

映画『血観音』より

——孫娘の棠真(タン・ジェン)を演じた文淇(ヴィッキー・チェン)さんはまだ14歳。中学生くらいの普通の女の子が理解するにはなかなか難しい役柄や背景だったと思います。素晴らしい演技でしたが、どう指導したのですか?

楊:映画では落ち着いて見えますが、実際の彼女はかなり「中二病」の女の子なんですよ。すごく子どもっぽい。映画で描かれていることも、実はよくわかっていません。まず最初にやってもらったのは、スタッフやほかのキャストのために毎日お茶をいれること。しかも黙ってまわりの話をよく聞きながらいれるように言いました。しばくすると、タン・ジェンのように、毎日家の中にいて大人の話を聞いている子どもの様子が板についてきたんですね。

役の気持ちが分からないときは、彼女が実際に経験したことがあるような感情をさぐっていくように言いました。たとえば、人が死んでいくのを黙って見ているシーンでは、彼女から「監督、どうすればいい? できない」と言われましたが、私だって人を見殺しにしたことなどないのでわかりません。そこで、何者かがネットにアップしている犬の虐待映像を目をそらさずに見ていると想像するように言いました。そうやって引き出されたのが、映画で見せたあの表情。本当によく演じてくれました。才能のある子です。

——ヴィッキー・チェンさんは台湾生まれですが、活動拠点は中国ですよね。

楊:ご両親が台商(海外で活動する台湾出身の企業・経営者のこと)なんです。もう長く中国で暮らしているので、彼女を台湾人と言うか中国人と言うかは難しいところですね。

——演技の仕方に関して、台湾の女優と違うところはあるのですか?

楊:中国の俳優には、「1歩、2歩、3歩で振り向く」みたいな型の決まった演技をする人が多いのですが、そういう芝居は疲れます。彼女からそうしたクセを取り除くために時間を割きました。

——そもそも、どんな経緯で彼女をキャスティングしたのですか?

楊:運が良かったんですよ(即答)。キャスティング中に資料が送られてきたので会ってみたら、すごい“中二”で、まだピュアさの残る女の子だった。中には演技が上手くて、子どもらしさが全くない子役もいますからね。そんな子どもは恐いですよ。

タン夫人の役は、何人かの女優から、できないと拒絶されました。カラ・ワイの起用も運が良かった。香港で彼女と会った日の朝、実はもうひとり別の女優と会っていました。彼女とはその2年も前から何度かこの映画について話をしていて、既に起用するつもりでいたのですが、カラ・ワイも脚本を読んで興味を持っていると聞き、せっかくだから会ってみようと思ったんです。会ってすぐ「彼女だ!」と思いました。まさに運が良かったんです。

——タン夫人の娘で、タン・ジェンの母親、棠寧(タン・ニン)を演じた呉可煕(ウー・クーシー)さんも素晴らしかったです。『マンダレーへの道』(原題:再見瓦城、2016年東京フィルメックスで上映)で演じた出稼ぎ労働の少女とは180度印象が異なる小悪魔ぶりでしたが、キャスティングの理由は?

楊:もちろん一番はとても力のある女優だからという理由です。名門の国立政治大学を出た非常に高い教育を受けている女性でありながら、あれだけリアルに出稼ぎ労働者を演じられたのだから、古物商の令嬢を演じるのは何も問題ないですよね。

——女優3人のバランスは考えましたか?

楊:考えました。カラ・ワイとヴィッキーが先に決まっていて、ヴィッキーを中国の女優と位置づけるなら、もうひとりは台湾の女優がいいとも考えていました。そうなると、中港台、そろうことになりますから。

今回、脇役はみな有名なテレビの昼ドラ俳優を起用しているのですよ。台湾では、テレビ俳優が映画に進出するのがなかなか難しいのですが、彼らの上手さを知ってもらいたくてそうしました。

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