(ライターブログ)第42回香港国際映画祭 

存在感示した中国映画が映す陰鬱

観客賞
『大象席地而坐』(英題:An Elephant Sitting Still)

『大象席地而坐』より

友人をかばって罪を着せられた少年、大人の食い物にされる少女、養老院へ追いやられようとしている老人、自分のせいで友を死に追いやったチンピラーーどんより曇った中国・華北の小さな町で、行き場を失った人々の苦悩や絶望に満ちた人生がからみ合う。上映時間は4時間弱。どのエピソードも「正直者がバカを見る」やるせなさでいっぱいで、理不尽な出来事が延々と続く。
今年のベルリン国際映画祭で初監督作品賞スペシャルメンション、国際批評家連盟賞(フォーラム部門)を受賞した胡波監督のデビュー作だが、胡監督は残念ながら2017年10月、29歳という若さで自殺した。あまりにも陰鬱なこの作品の世界は、ただ撮りたい映画を撮りたいうという純粋さゆえに、さまざまな「世の中の事情」に迎合できなかった監督の傷ついた内面が現れたものなのかもしれない。

『尋狗啓事』(英題:Looking for Lucky)も、やるせなさという点では負けていなかった。主人公は、家庭の経済状況が厳しいなか、なんとか大学院に進んだ学生。大学に残って働けるよう、懸命に教授に取り入っていた彼だったが、留守の間に預かった教授の愛犬が行方不明になってしまう。
監督は、魯迅美術学院で映像分野の教員を務める1984年生まれの蒋佳辰。タイトルは迷子犬の捜索ポスターのこと。この騒動から、ペットトラブル、就職難、賄賂など、近年の中国が抱える闇の部分が数珠つなぎのように見えてくる。
『大象席地而坐』でも、「お前のイヌに咬まれた」「咬んでない」、「とにかくカネを出せ」「出さない」のやり取りが続く。中国で急拡大するペット市場。その副産物として、ブームの過熱による金銭トラブルや飼い主のマナーの悪さによる近隣トラブルが絶えない現状がうかがえる。

『尋狗啓事』より

今年のロッテルダム国際映画祭でタイガー・アワードを受賞した『北方一片蒼茫』(英題:The Widowed Witch)も、人間の集団心理を皮肉ったかなりブラックな内容だった。
舞台は中国・東北部の村。次々と夫となった男を亡くしてしまったことで、村で忌み嫌われる存在になった美しい未亡人が主人公だ。村にいられなくなった彼女は、口のきけない甥っ子とふたり、車で周辺の村を転々としはじめる。病人を治せる“ふり”などをしながら暮らすうちに、忌み嫌われ者から一転、シャーマンとして崇められていくように…。肌が粟立つような感覚が残る作品だ。
監督の蔡成杰は1980年生まれ。大学では広告を学んでおり、モノクロとカラーが入り交じる凝った映像や構図の美しさにセンスを感じる。

『北方一片蒼茫』より

世の中の閉塞感や理不尽さを描いた話が続いたのは偶然だろうか。恐らく日本で公開されることはなさそうな作品たちだが、映画は社会を映す鏡だということを考えさせられた。

企画で今年最も注目されたのは、1970〜1990年代に数多くの香港映画に出演し、一世を風靡した台湾出身の女優・林青霞(ブリジット・リン)の特集上映。トークイベントも行われ、往年と変わらず瑞々しくチャーミングなブリジットが姿を現し、映画ファンとの交流を楽しんだ。
VR(ヴァーチャルリアリティ)技術をつかって撮影した蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の「家在蘭若寺」の上映も。180香港ドルという高価なチケットも完売し(他は一般料金55〜100香港ドル)、映画ファン対象のレクチャーも満席御礼の好評を博した。また、ドイツの巨匠ヴェルナー・ヘルツォークや日本の原一男監督もレクチャーを行った。

香港国際映画祭 http://www.hkiff.org.hk/

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