【イスラーム映画祭3】『アブ、アダムの息子』サリーム・アフマド監督トークセッション

ケーララ州は神の大地、自然がとても美しい土地です

作品紹介

インド南部、ケーララ州の農村に暮らすアブとアイシュンマの夫婦は、マッカへの巡礼ハッジに行くのが長年の夢。行商によって慎ましい生活を送る中で、コツコツとお金を貯めて、どうにかその夢もかないそうなところまできた。息子はサウジアラビアに働きに行ったきり帰って来ない。貧しく学もない父を恥じているようでさえある。

村にはさまざまな宗教を信じる人たちがいる。キリスト教徒、ヒンドゥー教徒。それらの違いを超えて、彼らの巡礼の旅を応援してくれる人もいる。巡礼に先立ち、過去を清算するため、喧嘩して今では遠いところに住んでいるかつての隣人に謝罪をしにいくというところにも、この夫婦の信仰の厚さが窺い知れる。

村には、インド各地を旅して回り、この村に住み着いた聖人もいる。アブが、丘の上の大木の下で瞑想する聖者に巡礼についての相談に行くと、彼はこの世人たちの苦悩を引き受け一心に祈っているのだという。この聖者の存在は、イスラーム教というよりは、むしろインド的でありとても興味深い。

アブは身の回りのものを売り、借金もし、どうにか巡礼への準備も整うのであるが、そこである問題が発生する。そんな中でも、愚直なくらい正直に、イスラームの教えを守ろうとする彼の生き方がとても美しく感じられる。村人たちとの暖かい交流や彼らの生き方の中に、イスラーム教の本来の精神が、わかりやすく描かれていて、かつ素朴で温かい作品である。

映画祭主催者の藤本高之さんによれば、「インド映画では、宗教が2つ出てくると対立を描くことが多いのですが、この映画は明らかに最初から融和をテーマにしています。ここまで個人の進行の内面に肉薄して撮られているインド映画というのは珍しいのではないかと。それとあまりにも音楽が素晴らしいので、これはぜひ日本のスクリーンにかけたいと思い、監督と直接話し合って今回こういう形になりました」とのことである。

トークセッション

3月18日(日)本作を演出したサリーム・アフマド監督が来日し、渋谷ユーロスペースにてトークセッションが行われた。当日は、インド映画、特にマラヤーラム語映画の通の観客たちが沢山集まり、その熱気に、監督が「こんなに離れたところに来たというのに、皆さんの反応を見ていると、遠くにきたような感じがしないので困惑しています」というほどだった。
会場からは沢山の質問も飛び、トークセッションは大いに盛り上がった。

—デビュー作になぜこのようなテーマを選んだのですか

「実は私は映画の世界に入る前に旅行社で働いていたんです。私が働いていた旅行社でもまさに、ハッジ巡礼のパッケージを扱っていました。ですので、この映画に登場するアブとアイシュンマのような方たちをたくさん見ていたわけです。ですので、私が映画を撮るならば、最初のテーマはそういった方たちを描きたいなと思いました。」

—ムスタッドという予言者みたいな人物が出てきたのですが、ああいう人は実在するのですか
「聖人ということで崇められている人物は実際に存在します。私自身も子供の頃、そういった聖人と呼ばれている方が身近にいる環境に育ちました。なのでこの作品の中にそうした人物を登場させました」

—映画の舞台について教えてください

「私自身ケーララ州のマタヌールという小さな村の出身です。ケーララというのは、イスラーム教徒キリスト教徒、ヒンドゥー教の人たちが混在しております。私の家のお隣もキリスト教徒だったのですよ。皆さんお互いを気遣いながら調和を保って生活しております。ケーララ州は、神の大地というような表現がされていますように、自然がとても美しい土地です。
主人公夫婦は、経済的には恵まれていなかったのですが、インドの中でケーララ州は経済的には豊かなほうです。というのは、ケーララ州の人の中には中東に出稼ぎに行っている方も多いので、出稼ぎのお金が入ってくるということもあります。教育にも恵まれていると思いますね。公的な教育は政府のほうからお金が出されています。(識字率がほぼ100%)」

—音楽がとても印象に残るのですが。

「アラブ系の楽器を使っての楽曲ということを念頭に置いて作っております。サロードという楽器を中心にしています。サウンドデザインに関してなのですが『スラムドッグ$ミリオネア』でアカデミー賞録音省を受賞したラスール・プークティさんが担当しています。個人個人をブッキングした形なので、クレジットではアソシエイトという風になっています」

—アラビア語の単語も聴こえてきたように思うのですが

「映画で主に使われているのはマラヤーラム語ではありますが、ムスリムの人たちにとって、“ハラル”など宗教用語としてのアラビア語は、日常の中に根付いております。またケーララには、イエメンの方などが、自国が不況ということもあり、宗教的なつながりから入ってきているので、アラビア語はそういう意味でも馴染みがありますね」

—いい人ばかりが出てくる映画でしたが、悪いと言えば警官がワイロを受け取るシーンがあったのですが、何か意図があったのですか

「まさに日常で起きていることだからです(笑)あまり好ましからざる人物ということで、アブ夫妻の息子が出てきますね。ただ実際には画面には登場しないのですが」

—キャスティングについて教えてください

「アブ役のセリーム・クマールは当時42歳だったんです。普段はコメディアンとして映画に出ています。アイシュンマを演じたザリーナ・ワハーブさんはボリウッドで活躍している女優さんで、『マイ・ネームイズ・ハーン』ではシャー・ルク・カーンの母親を演じていました」

—どのような映画から影響を受けていますか。もしかしたら小津作品などの日本映画もご覧になっていますか

「日本映画はアクション映画しか観ていません。イラン映画に影響を受けているという面はありますね。あまりにいっぱいあるのですが、敢えてタイトルを挙げるとすると『別離』です」

—ケーララ州の映画事情などを教えてください。

「ケーララ州にはゴーヴィンダン・アラヴィンダン、アドール・ゴーパラクリシュナンなど世界に名だたる監督が住んでいます。ケーララ州は共産党が初めて州政権を取ったことでも有名ですが、今でもそれは続いていて、フィナライ・ビジャヤン州首相が治めていますが、映画製作にはとても好意的で、支援もしています」

—バングラデシュではインドの映画は上映できないと聞いておりますが、ケーララではどちらの国の映画も観られますか。

「私の作品に関しては、バングラデシュ、パキスタンでは、ダッカやカラチの映画祭で紹介されています。バングラデシュ、パキスタンの作品というのはインドで見る機会があるのはゴア映画祭など、映画祭においてです。因みにこの作品は115か国の国際映画祭で上映されていますが、どこでも大変いい反応をいただいております。やはり人間の感情を描いたドラマというのは、言葉の壁を超えるのだなということを実感しています。ワシントンDCではファースト・フューチャーフィルム・アワードという賞を、ゴア国際映画祭ではシルバー・ピーコックという賞を得て、カザン国際ムスリム映画祭(ロシア、タタールスタン共和国)では批評家の選ぶ最優秀映画賞というのを受賞しています。本作はデジタル作品なのですが、ナショナルフィルムアワードで最高賞を得た初のデジタル撮影の作品となります。撮影期間は27日間でして、本当にワン・ロケーションで撮っています。私の作品は非常に低予算で、600マンルピー以内で撮られています」

※本作は、東京、名古屋につづいて神戸元町映画館でも上映が予定されています。

【イスラーム映画祭3開催概要】

【東 京】
会期 : 2018年3月17日(土)~23日(金)
会場 : 渋谷ユーロスペースhttp://www.eurospace.co.jp/
【名古屋】
会期 : 2018年3月31日(土)~4月6日(金)
会場 : 名古屋シネマテークhttp://cineaste.jp/
【神 戸】
会期 : 2018年4月28日(土)~5月4日(金)頃
会場 : 神戸・元町映画館http://www.motoei.com/
主催 : イスラーム映画祭
オフィシャルWEBサイト:http://islamicff.com/
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