【TNLF】愛せない息子

父親とは何か

ヨーネル

©Norwegian Film Institute

主人公ヒェーティルの仕事は油田のオペレーター。ノルウェーの北海に面したフィヨルドに位置する街に住む。スタヴァンゲルからコロンビアの首都ボゴタへ。国際養子縁組で迎えた息子ダニエルの実母を探しに行く旅。ヒェーティルは、身近にいる人を失ったこと、あるいは失いかけたことで大きなことに気が付く。1度目は妻の死、2度目はダニエルが迷子になった時、3度目はダニエルがコロンビアに残る可能性が出てきた時である。

妻の死は、彼にとってダニエルとの絆がいかに脆弱なものであったかを知らしめることになる。元々妻が積極的だった国際養子縁組。彼は子供と接している時の妻の幸せそうな顔を見ることで、満足しているだけだったのかもしれない。そもそも時間が不規則な仕事ゆえ、子供と接する時間は少なかった。ただ妻を間に子供と接することで、彼は父親になったつもりでいただけなのかもしれない。

妻を事故で亡くすことになった原因が、自分が買い忘れたチャイルドシートを買いに出かけたことだったために、彼は罪の意識に苛まれ、余計に子供との関係をうまく築けずにいた。自分が養子であることを理解している子供は、大人の心の動きに敏感である。それ故にダニエルはそのことを察しているのか、父親に反抗的な態度ばかり取るのだった。仕事との両立がうまくいかないうえに、子供は母親を恋しがるばかりで、自分の思いどおりには動いてくれない。追い詰められた彼は子供を手放そうと、実母を探しにはるばるコロンビアまで行くことになる。

 恐らくヒェーティルは、妻を亡くさなければ、子供との絆の薄さに気が付くこともなく、そのまま父親になったつもりでいられたであろう。案外世の中には、そんなことを露とも知らず、そのまま過ごしている父親もいるのではないだろうか。ただ、血の繋がりだけをその拠り所として。

 「ここには沢山のダニエルがいる」ヒェーティルは、ボゴタの街を移動することで、この国の恵まれない子供たちの状況を目の当たりにする。それにも関わらず、彼はあくまで実母に子供を返すことに固執する。恐らくダニエルは言葉も忘れるくらいなので、母国の記憶はほとんどない。自分の家は亡くなった母親と過ごしたノルウェーにあると感じているはずだ。そんな本人の意思に耳を貸そうという気持ちは彼にはない。「もう母親は子供を手放したことを後悔しているはずだ」後悔していることと、現実的に幸せを子供にもたらせられるか、そもそも育てることができるかということは、お構いなく、自分の勝手な考えに凝り固まってしまっている。ある意味、彼はそこまで追い詰められていたのである。

 ヒェーティルは、ボゴタの街で2度ダニエルを失いかける。1度目は、街でダニエルが迷子になった時、自分の元をわざと離れたこと、それが子供を顧みない父親への、彼自身の必死の抵抗によるものだったことがわかった時である。彼には、ボゴタの街の喧騒によって彼を永遠に失ってしまうかのように思えたのだ。そこで彼は初めて、子供を失うことの喪失感の大きさを知り、また彼が自分を必要としており、寂しく思っていたことを知る。2度目は、現地で世話になっている旧知のタクシー運転手の妻が、子守歌を唄って、ダニエルを寝かしつけているのを見た時である。彼女はすでにダニエルに対して愛情を感じ始めていたのである。彼はそこで初めて気が付く。そもそも父親には母親と同じことはできないのだと。

 ダニエルもまた、父親に対して、母親がしたことと全く同じことをしてほしいとは思っていなかったのである。所詮違うことはわかったうえで、我儘を言って甘えたかっただけなのである。ただ、母親がいない寂しさを、父親と分かち合いたかっただけなのである。父親とは何か。父親として子供にしてあげられることは何か。それに気が付いた時、彼は初めてプレッシャーから解放される。この作品は、まだまだ課題も多い国際養子縁組という素材を使いながらも、その問題を掘り下げるというよりは、父親であることの苦悩と、その先にある素晴らしさのほうに焦点が当てられている。

そういう意味では、『オルハイム・カンパニー』と同じ街が最初の舞台となっているこの作品は、同作と対になるものとも言えるであろう。ストーリー原案は共同脚本執筆者のもので、監督のオリジナルではないのだが、父親との確執、自分が父親になることへの戸惑い、このこだわりには、アーリル・アンドレーセン監督自身の経験が入り込んでいると考えるのが自然だろう。彼にとって家族は、人生で最も重要なひとつのテーマなのかもしれない。アルコール依存症の父親を息子の視点から捉えた『オルハイム・カンパニー』、妻を亡くし、血の繋がらない子供が残されたことに対する父親の苦悩を描いた『愛せない息子』。誰にでも起こりうる普遍的なものを描いてはいるが、両作とも家族が特殊な状況にあるために、テーマがより鋭角的で鮮明になったとも言える。

※2017年SKIPシティDシネマ映画祭:グランプリ、2017年アマンダ賞:主演男優賞、助演女優賞

トーキョーノーザンライツフェスティバル 2018開催概要

映画祭会期:2017年2月10日(土)~2月16日(金)
会場:ユーロスペース
主催:トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:http://tnlf.jp/ (映画祭以外にもイベントが盛りだくさん。詳しくはこちらから)
Face book:https://www.facebook.com/tnlfes
Twitter:https://twitter.com/tnlfes
予告編:https://youtu.be/vIDxXbvoE2Y
※チケットはユーロスペース公式ウェブサイト、劇場窓口にて上映3日前より販売!
一般1,500円、学生・シニア・ユーロスペース会員1,200円
詳細はhttp://tnlf.jp/ticketにてご覧ください

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