『長江 愛の詩(うた)』楊超(ヤン・チャオ)監督
——劇中には、1989年に書いたという設定の詩がいくつか登場します。天安門事件があった年ですね。どうしても関連性を考えてしまうのですが、1989年というのは監督にとってどんな意味があるのでしょうか?
楊:1989年は、もちろん、中国にとって大きな節目となった年でした。私自身も、中国が変わるための非常に良いチャンスだったと思っています。ただ…簡単に言いましょう、中国人はまだああいう転換をする準備ができていなかったのです。だから最終的にチャンスを失ってしまい、多くの若者が代償を払いました。あの過程は、私も含めた中国の知識人層にとって、繰り返し思い出され、考えさせられる出来事です。主人公のガオ・チュンは天安門には行っていませんが、彼が自分の旅の行程を書き記した詩には、当時の時代の特徴を見ることができます。劇中の詩は、80年代、90年代に書かれた詩のスタイルを模して作りました。ガオ・チュンの当時の社会に対する不満が見て取れますし、その姿は当時若者だった我々を描写しているとも言えます。
——本作は全編フィルムで撮影されています。船上での撮影となると非常に大変だったのではと思うのですが、なぜフィルムにしたのですか?
楊:この映画を撮ったのは今から4,5年前です。当時、デジタルではまだ2Kしか選択肢がなく、今ほど美しい解像度の映像を撮ることができませんでした。我々にはリー・ピンビンという素晴らしいカメラマンがいました。彼と一緒に検討して、水墨画のような長江の質感をカメラに収めるにはフィルムしかないという結論に達しました。デジタルで撮ると、とても硬い映像になったでしょう。フィルムの最大の特徴は、明暗と寒暖のグラデーションがとても柔らかいこと。フィルムを使えば水分を含んだような映像が撮れると思いました。
——中国で一般公開された際は4Kデジタルに変換して上映されました。今回、日本でも一部劇場では4Kで上映されます。フィルムで狙った効果を4Kで再現できたと思いますか?
楊:仕上がりには非常に満足しています。中国のほとんどの映画館は2Kにしか対応できないのですが、やはり2Kの質感は劣ります。ですので、お金はかかりましたが、後から4Kに変換することを決めました。フィルムの露出寛容度を完全に再現できたと思っています。日本のみなさんには、できれば4K上映される劇場へ見に行ってほしいですね。
——では、もともと4Kにする予定はなかったのですね。
楊:予算的な問題もありましたし、プロデューサーたちも2Kで問題ないという意見でした。ベルリン国際映画祭では2Kで上映していますし、これでも十分良いと言われました。でも、いろいろ考えて、中国映画界のためにも最良のバージョンをつくって残したいと思うようになりました。時間が経つと、フィルムは硬化し、くっつきが生じてきます。もし3年後にお金が出来たからといって4Kにしようとしても、出来ない可能性がある。そこで、中国映画界への貢献という意味合いを込めて、資金を投じようと決めました。
2Kとは色味がまったく変わりましたね。2Kのときは薄かった青紫色が、4Kにすると非常にしっかりした紺青色になりました。青、グレー、そして暗闇のグラデーションがとても豊かになりました。
——ベルリン映画祭での上映が2Kだったのを悔やまれたのでは(笑)?
楊:惜しかったですね!リー・ピンビンは、「監督、なぜ今回銀熊賞(芸術貢献賞)しか獲れなかったかわかる? 2Kだったからだ。もし4K版を上映していたらみんな私たちに跪いたんじゃないかな」と冗談を言っていました(笑)。