【TNLF】プラハ

父の罪、息子のトラウマ

プラハ

Photo Alzbeta Jungrova

「23、24、26、あれっ25号室がないぞ」と夫クリストファー(マッツ・ミケルセン)。「今私が立っているところがそうよ」と苛立ちながら答える妻マヤ。ここは、失踪した父親の訃報を受けプラハへと向かう列車の中。不穏な幕開きである。向かい合う座席で、まるで相手がそこにいないかのように振る舞う妻。眠っている妻を無言でじっと見つめる夫。元々音信が途絶えていた父親。プラハには知り合いがいるわけでもなく、この旅は彼ひとりだけで済ませてもいい類のものだった。実は彼には思惑があった。この旅の間に、妻の浮気の疑惑をはっきりさせようという・・・。

一見、夫婦の危機について描いた作品と思わせるこの作品は、観ているうちに実はクリストファーの内面の物語であったことに途中で気が付く。遺体安置所で父親の遺体を目の前にした彼の視点が、実に冷たい。隣の部屋から覗く3人の遺体の足、父親の顔に止まったハエ、部屋の端っこで待っている、施設の職員、彼の見た目のショットは何の感情もないかのようで、一種異様である。

クリストファーは、決して感情を表に表そうとしない。スカイプでの息子との会話のぎこちなさ。彼は、愛情表現が下手なことが、ここからわかる。そのため妻は彼を理解できず、孤独になっている。彼女の浮気の原因も、実はそこにあるのだった。

クリストファーはプラハの街を常に移動し続ける。遺体安置所、遺産を管理する弁護士事務所、父親の残した家。時には妻の後を尾行する。浮気の証拠をつかもうとでもするかのように。それに気づかず、普段彼には見せない表情で楽しそうに電話する妻。そして徐々に彼は、心の中にあるマグマを溜め込んでいく。

彼の移動は、彼がどんなに否定しようとも、父親の辿った道を探る旅であり、彼自身の内面を見つめる旅となっている。子供の時に受けたトラウマ。母親から死んだと聞かされていた父親が突然現れ、そしてその現実を受け入れられないうちに、またどこかへ去って行ってしまったということ。その心の混乱を整理仕切れなかった子供時代の彼は、次第に心を閉ざしていった。

感情を心の奥底に押し込めた彼が、父親が残した疑似家族とも言える、家政婦とその娘の家で、まるで家庭の父親のように寛いで食卓を囲めるというところが、誠に象徴的である。本物の家庭を築いたクリストファーは、自分のトラウマから家族に幸せをもたらすことが出来なかった。疑似家族は、愛情とは関係のないものだから、気持ちが落ち着くのである。一方ある秘密を抱えて、家族の元を離れた父親も、プラハの家にクリストファーの写真を飾り疑似家族を築くことで、自分の罪の意識を軽減させていたのだ。ここで父親と彼は、ようやくひとつに繋がるのである。

彼が遂に妻に対して、溜め込んでいたマグマを一気に吐き出すかのように、感情を爆発させるのは、決して彼女への怒りからだけではない。決して癒される傷ではないにしても、父親を理解でき、自分の抱えていた何かが変わり始めたからなのである。

激しい夫婦喧嘩。「何も家族に与えてこなかったじゃないの」という妻に対して「じゃ今与えてやる」と言って、集まってきたやじうまに、身の回りのものをばらまくクリストファー。そこから続く彼のしたすべての行いは、彼の過去を清算する意味を持っている。自分の世界を徹底的に破壊することによってやっと成し遂げられる再生。実はそれは子供時代のトラウマが、年齢を重ねるごとに、彼に重くのしかかってきたことの証でもあるのだ。人の内面を描くことに長けた、北欧映画の神髄ここにありと言える作品である。

※2月12日(月)21:10、2月15日(木)11:30~上映

トーキョーノーザンライツフェスティバル 2018開催概要

映画祭会期:2017年2月10日(土)~2月16日(金)
会場:ユーロスペース
主催:トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:http://tnlf.jp/ (映画祭以外にもイベントが盛りだくさん。詳しくはこちらから)
Face book:https://www.facebook.com/tnlfes
Twitter:https://twitter.com/tnlfes
予告編:https://youtu.be/vIDxXbvoE2Y
※チケットはユーロスペース公式ウェブサイト、劇場窓口にて上映3日前より販売!
一般1,500円、学生・シニア・ユーロスペース会員1,200円
詳細はhttp://tnlf.jp/ticketにてご覧ください

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