【TIFF】泉の少女ナーメ(コンペティション)

映画と。ライターによるクロスレビューです。

作品紹介

© 2017 BAFIS, UAB Tremora

ジョージアの山岳地帯にて、村に伝わる癒しの泉を守る一家。息子たちは独立し、父は娘のナーメに後を託すが、ある日泉の異変に気付く。ファンタジーと現実社会が溶け合い、幽玄で繊細な映像美が心を揺さぶる現代の寓話。(TIFF公式サイトより)

クロスレビュー

藤澤貞彦/美術品として手元に置きたい度:★★★★★

泉の水は生きている。泉の水が枯れ始めるとき、どういう仕掛けになっているかはわからないが、泉に取り付けられたパイプから吹き上げる火の力もまた弱くなる。泉には魚が一匹いる。魚もまた水の力と密接に結びついている。水と火の結びつきいうと、東大寺二月堂のお水取りを思い起こさせるし、魚といえば、池や沼に住みついて霊力を持つ主を思い起こさせる。アジアとヨーロッパの交差点に位置するジョージアに、このような日本と似たような感覚があることにとても興味を惹かれた。この作品はこうした自然を、美しい映像の力で見せていく。川の水の流れ、靄がかかった山並み、鏡のような湖の煌き。絵画的にきっちりと構図も決められていて、これはもはや動く美術品といってもいいだろう。いったん弱まった水の力が回復する時、月までもが雲の合間から輝きを取り戻し、自然界のすべてが一体であることが想起させられる。水の力で元気になれる人間もまた自然界の一部なのである。それゆえに人間が自然から離れようとする時、水の力も弱まっていくのだ。人間が今置かれた状況が、ジョージアの昔話を引用し提示するという方法をとったことで、現実を見せるということ以上に深みを増して伝わってきた。

富田優子/魚の演技(?)が素晴らしい:★★★★★

繊細で、静謐で、幽玄で・・・。本作はジョージアの神話を元にしているというが、現実と幻想の間を自由に浮遊し、見ている間、息をするのもためらうような厳かな空気に酔いしれた。命の源である水を中心とした描き方だが、自然への敬意、守るべき伝統、迫りくる文明社会、失われていく神聖さというものを描写する1ショット1ショットがとにかく美しい。主演女優の凛とした佇まいもその風景に溶け込んでいて目を奪われたが、何といっても泉に住まう、命の象徴でもある魚の演技(?)が出色だ。背びれを出して、ぴちゃ・・・、ぴちゃ・・・、と水を弾く音までも、本作の神秘性を高めることに貢献している。体全体が水から出てしまうことが何度もあり、さぞ苦しかったことだろう。そんな頑張りを見せた魚の君にベストアニマル賞(?)を進呈したい。

ささきまり/静かな村の水音と都市に溢れる騒音の落差に衝撃を受けた度:★★★★★

雪深い山岳地帯の村で、癒しの泉を守る一族。母親の死をきっかけに3人の兄が家を出てしまったのは、人の病気や怪我を癒すはずの水が彼女を救えなかったことへの絶望だろうか。末っ子である少女ナーメは、後を継がねばならなくなった責任と、普通の暮らしへの憧れの間で心を揺らす。黒いベールとドレスに身を包み、泉のシンボルである白い魚をそっと清める姿が印象的。彼女が水浴びをする場面では、スレンダーな体のラインがどことなく魚のイメージに重なり、ナーメと魚は半身同士であるかのようにも感じた。美しい絵本のページをめくるような静謐な映像が続き、霞のかかった碧翠色の湖の光景などは自分もその中に吸い込まれていくような錯覚を覚える。撮影が行われた南ジョージアはもともと、もやの多い地域なのだそうだ。が、この場面を撮るときには実はもやが足りなくて人工的に足したんだよ、と、終映後のティーチインでのザザ・ハルヴァシ監督。「我慢して最後まで観てくれてありがとう」と会場を和ませる監督の柔らかい人柄が、ともすればとっつきにいアート系映像に温かみを与えている。


【第30回東京国際映画祭(2017)開催概要】
開催期間:2017年 10 月 25 日(水)~11 月 3 日(金・祝)
会場:六本木ヒルズ(港区)、EXシアター六本木 他
公式サイト:http://www.tiff-jp.net

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