【TIFF】ザ・ホーム-父が死んだ(コンペティション)
作品紹介
父逝去の報せを受け、娘が嘆きながら数年ぶりの実家に向かう。父を介護していた従弟と口論し、そして近親者が続々と集うなか、遺体の扱いを巡って事態は迷走していく…。(TIFF公式サイトより)クロスレビュー
藤澤貞彦/嘆きの天使?度:★★★☆☆
慟哭、ウソ泣き、モライ泣き、お義理泣きに、儀式としての泣き、心の底からさめざめと湧き出てくる涙。とある老人の葬式に集まった人たち、この作品はその人々の泣きで満たされている。さすがペルシャ以来の伝統となっている、嘆きの文化を持つイランならではの映画である。日本ではちょっと考えにくい大げさな泣き方をしたとしても、それを疑うものは誰もいない。お葬式では故人の前で、誰もが嘆いてみせるのが当たり前の文化なので、どの涙が本物の涙なのか、ちょっと見ただけでは区別はつきにくい。それがこの映画の肝になっている。父親を亡くした娘の嘆き、その混乱が、結果としてこの家族に隠されていた不満や、都合の悪い事実を次々と炙り出す。お葬式で揉めることが往々にしてあるのは、万国共通の現象のようだ。故人の家の狭い部屋の中で展開される会話では、日ごろの不満も噴き出てきて、あちらこちらで一触即発の状態となり、スリリングな様相を呈していく。この作品の思わぬ結末には、家族の価値観の変化といったことが投影されているだろう。
ささきまり/イランの女性たちの強さに圧倒される度:★★★☆☆
のっけから台詞の洪水である。父親の遺体を墓地へ埋葬したい娘サーイェと、遺言に従って献体させたい医科大学の男、間に入って振り回されるサーイェの従弟マジド、そして親族や近所の住人たち。彼らとともに家の中へなだれ込んだカメラが、近い距離から彼らの姿を捉えながらぐるぐると回る。観ているこちらも一緒にこのカオスに巻き込まれているような臨場感があった。登場人物たちはお互いに主張を譲らず、しかも、会話のたびに関係性を変化させる。意識して仮面を付け替えているというよりも、相手とのバランスによって自然に付け替わってしまっているようだ。さっき殴り合いをしたばかりのマジドと大学の男がトイレのノブの修繕をきっかけに突然友だちみたいになっていて笑えたが、自分にもこういうところがあるんだろうな…とも思ってひやりとした。サーイェも、周囲が辟易するほど号泣したかと思うと急に周りを伺ってひそひそ声になったり、近所のハンサムがやってきたら妙に可愛げのある態度をとったりして実に忙しい。ただ、物語には予想外のどんでん返しが仕組まれている。彼女がラストに見せる涙だけはほかの場面とは違うもののような気がして、目に焼きついた。
【第30回東京国際映画祭(2017)開催概要】
開催期間:2017年 10 月 25 日(水)~11 月 3 日(金・祝)
会場:六本木ヒルズ(港区)、EXシアター六本木 他
公式サイト:http://www.tiff-jp.net