『ロクさん』管虎監督
『ロクさん』の主人公は、若い頃、腕っぷしの強さで鳴らした男。今は北京の下町で、世の中への不満を抱えながらうだつが上がらない生活を送っている。一人息子との関係も上手くいかず、別々に暮らしていたが、ある日、息子が権力者のドラ息子が乗る高級車を傷つけてしまう。タチの悪いチンピラたちに因縁をつけられた息子を救うため、ロクさんはかつての仲間を率いて立ち上がるが…。
管監督は1968年生まれ。これまで日本で公開された映画はないが、中国の民俗や文化、歴史をうまくエンターテインメントに落とし込んだエッジの効いた作品づくりで、中国の中堅監督の中でも異彩を放つ存在だ。
——『ロクさん』は中国で実際に起きた官僚の汚職事件を皮肉った内容だという見方もされているようですが、この物語はどんな時に思いついたのでしょうか?
管虎監督(以下、管):実はたまたまなんです。この話を書いたのは、まだ映画のような事件が実際に起こる前でしたから。でも、公開された時は確かに大きな反響がありました。映画監督というのは頭の中でいくつものストーリーを温めていて、それが結実する日を待っているものなんです。『ロクさん』の構想も随分早くからありました。
——中国公開時の反響はどんなものでしたか?
管:とても強烈でしたよ。新聞や雑誌、テレビなどメディアにも随分取り上げられましたし、「老炮儿」(ラオパオ)と銘打ったお酒などの商品がいろいろ登場しました。もう何十年も映画館に行っていないという高齢者の方々にも足を運んでいただけて、注目度の高さを感じました。
——タイトルの「老炮儿」という概念を日本人が理解するのは難しいです。
管:説明は難しいですが、日本にも必ず「老炮儿」はいます。ざっくり言うと、昔すごくイケてた人が、時が経って年を取っても自分のプライドやスタイルを守って格好良く輝くこと。どの業界でもいるでしょう? この映画の中の「老炮儿」は、昔とてもケンカが強かった男という設定ですが、その定義はそれぞれの世界で違います。
——主役のロクさん、つまりこの映画の「老炮儿」を演じた馮小剛(フォン・シャオガン)さんは、『戦場のレクイエム』『唐山大地震』などヒット作で知られるスター監督でもあります。映画監督としては、大先輩を演出したわけですが、プレッシャーはなかったですか?
管:まったくなかったですね。想像していたよりずっと順調に進みました。馮監督はとてもプロフェッショナル。この一言に尽きます。実は撮影に入る前、私自身もあなたと同じ心配をしていたのですが(笑)、フタを開けてみると本当に大人しい俳優でした。私にももし演技をというオファーが来たら、彼に習って演じることに徹したいと思いますね。
——そもそも、ロクさん役に馮監督を起用した理由は?
管:理由はありません。他に選択肢がなかったのです。中国のすべての俳優を対象にキャスティングを考えましたが、ロクさん役を演じられる人は他にいませんでした。ロクさんは、馮監督そのものだからです。
——つまり、馮監督こそ「老炮儿」だということでしょうか?
管:私はそう思いますね。映画界の「老炮儿」です。芝居をする必要はありません。
——中国では近年、「小鮮肉」(若いイケメンの意味)と呼ばれる若手俳優たちがどんどんスターになっています。今作では呉亦凡(クリス・ウー)、李易峰(リー・イーフォン)という、特に人気の高い2人を起用したわけですが、楽しくお仕事できましたか?
管:楽しかったですよ。ふたりを“彼ら本来の姿”に戻すことができたという達成感があります。しっかり向かいあってちゃんと話せば、世間のイメージにあるようなアイドルではなく、普通の男の子だということがわかる。とても快活で、学びたいという意欲もある。周りが世話を焼きすぎてダメにしてしまうという弊害があると思います。本人だけでいいのに、何かというと大勢スタッフがついてくる。
——監督はどんな日本映画がお好きですか? インスピレーションを受けた作品はありますか?
管:いっぱいあります。現在なら是枝裕和監督の作品が好きですし、昔の映画だと小津安二郎監督の作品は必ず勉強しなければなりません。岩井俊二監督の世代の日本の監督の作品にも影響を受けていますね。日本的な特徴を持っているというか、人々のリアルな日常を描写している。これができるのは日本の監督の優れたところだと思います。今の中国の監督にはできません。
——それはどうしてですか?
管:気が急いてるからね。中国はスピードと金もうけ重視!日本映画や、例えば韓国やイランの映画には、それぞれその国の映画だと分かる民族的な特徴がある。中国ではそれが難しい。おかしな社会ですよ。民族の特徴の喪失です。
——監督の作品の中には中国らしさが見えると思います。
管:私の映画の中では、それを守りたいと思っています。私を含め、一部のフィルムメーカーはそう考えている。嫌われたって、譲るわけにはいきません。
——映画市場全体の興行収入は伸びているのかもしれませんが、最近の中国映画は、青春映画やコメディなどテーマが似たり寄ったりで面白い作品が少ないと感じます。
管:今お話したように、中国を映した映画ではないですよね。中国と関係ない、儲かればいいと思って作られている映画ばかり。でも、私はとても楽観的に考えています。現在は単なる過渡期であって、いずれかつてのように映画そのものの価値を見るようになる。もうすぐですよ!
——中国の映画産業が発展するために、今一番足りないものは何だと思いますか?
管:映画そのものを尊重する姿勢です。市場ではありません。誰かが儲けたから、それに乗っかろうという考え方ではダメです。映画づくりに携わることになったなら、映画のために教養面での準備、精神面での準備、さらに身体面もしっかり準備し、真摯に向きあって、全てを投げ出す気持ちが必要。中国で一番欠けているのは、寿司職人のような匠の精神だと思います。