ザ・タウン

逃れられないアイデンティティ

(C) 2010 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND LEGENDARY PICTURES

2010年の東京国際映画祭のクロージング作品『ザ・タウン』が、2011年2月5日、劇場公開された。日本ではDVD発売のみで劇場未公開だが評価の高かった『ゴーン・ベイビー・ゴーン』に続くベン・アフレックの監督第2作。この作品でベンの監督としての評価もさらに高まった事がよくわかる、出色の出来である。

舞台はアメリカ、ボストンの一角チャールズタウン。アメリカで強盗犯罪が一番多いこの街で生まれ育ったダグとその仲間たちは銀行強盗のプロ集団であり、人を殺す事なく完璧とも言える手段で強盗の仕事をこなしている。
しかし、ある日の強盗で仲間のジェムが、銀行の女性支店長クレアを人質に取ってしまい、解放後にクレアが同じチャールズタウンに住んでいる事が判明する。それを知ってクレアを殺そうとするジェムを止めるため、ダグが自らの正体を隠しクレアに近づき見張り役をやる事になり、お互いに恋が芽生えてしまう事でダグはこの仕事をやめてまっとうに生きようとするが・・・。

(C) 2010 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND LEGENDARY PICTURES

この映画は犯罪を扱った映画だけれども、実際は犯罪に主眼を置いている訳ではないと感じる。生まれ住む街やそこに生きてきた人々とのつながりから逃れられない主人公ダグのアイデンティティ。それが望むと望まざるとに関わらず自らの運命を翻弄する事の根の深さが、この映画には描かれているのだ。

この街は親から子へ銀行強盗が受け継がれるとも言われる「ザ・タウン」と呼ばれる犯罪の街。ダグの父親は終身刑、母親はダグが6歳の時に家出、親友のジェムはダグのために人を殺して9年の実刑を過去にくらい、ジェムの妹のクリスタはダグの元恋人で今もダグと腐れ縁の関係を続け、銀行強盗のボスのファーギーはダグの父親のボスでもあった。この街で当たり前の犯罪を媒介として人と関わり生まれ育ったダグは、いくらまっとうに生きたいと思っても、周りはそれを許してはくれない。なぜなら、まっとうに生きるというその街においての非常識を、そこに住む人が許さないから。そしてダグ自身もまた、まっとうに生きたいと願いながらも過去のしがらみや掟に縛られて、生き方を変える事が出来ない。

犯罪者の街に限らず、人が住むコミュニティや地域はどの街も大なり小なり「ザ・タウン」ではないだろうか。街それぞれに暗黙のルールや掟があり、そこから外れる人間は国の法律以外の罰を受ける事がある。住む人は無意識のうちに街のルールを逸脱しない様に生きようとする。三つ子の魂百までというが、幼い事から生まれ住んだ街のルールや常識はそのままその人の常識になってしまう。それを破る、捨て去るという事は実はとても難しい事なのだ。この映画のダグは、終始マジメな人間にしか見えないではないか。でも、銀行強盗なのである。これこそが、「ザ・タウン」チャールズタウンに生きるダグのアイデンティティなのだ。これをアイデンティティ無視で一般的な善悪でのみ見てしまうと、主人公の気持ちに寄り添う事は出来ないだろう。

しかし、ダグはそれでも新しい一歩を踏み出すため、クレアと生きるために自らを変えようとする。この犯罪が常識の街においては、自分を変えるという事は自分を捨て去るに等しい事。これまで生きてきた経験や人間関係と自己のアイデンティティは無意識のうちに深くつながっているが故に、自らを変える=街を出るという事なのだ。

そして、ダグは自分を変えるための最後の仕事に向かう。その最後の仕事を終えた後、ダグは果たして変わる事が出来るのだろうか…。それは、映画を観終わった後でも分からない。しかし、ラストに出てくるタンジェリンに希望を残しエンドロールを迎えるのだ。

過去の自分とこれからの自分。不可分ではあるが同じではない。変わる事は難しいが、多くの犠牲を払い失うものがあったとしても、大切なもののためなら変わる価値はあるのではないか。そんな事を考えさせられた映画であり、銀行強盗の手口の緻密さやカーチェイスにおいてクライムムービーとしても優れた映画。ベン・アフレック、俳優としてだけでなく監督としても期待の人である。
尚、銀行強盗のボスのファーギー役のピート・ポスルスウェイトが先月逝去した事は記憶に新しい。非常に残念な事だったが、改めてご冥福をお祈りしたい。

おススメ度:★★★★★

Text by 石川達郎

原題:The Town
製作国:2010年アメリカ
映画配給:ワーナー・ブラザース映画
監督:ベン・アフレック
キャスト:ベン・アフレック、レベッカ・ホール、ジョン・ハム、クリス・クーパー、ブレイク・ライブリー、ジェレミー・レナー、ピート・ポスルスウェイト
原作:チャック・ホーガン 『強盗こそ、われらが宿命』

2011年2月5日(土) 丸の内ルーブル、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

公式サイト:www.thetownmovie.jp

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