喜劇映画のビタミンPART5突貫レディ『臨時雇の娘』
トリビアその1
次は発見したところであります。まず、このワン・カットしかないのですが、このドアの横にチャップリンの写真が貼ってあります。マック・セネットのところからチャップリンはデビューしたんです。もうこの映画が作られた時には、マック・セネットのところから離れて大スターになっております。チャップリンはメーベル・ノーマンドとも仲が良かったということもあり、マック・セネットは思い入れが強くて、かといってもちろんゲストでも呼べないということと、おそらく遊び半分もあって、ここに写真を貼っているのだと思います。ほとんど誰も気が付かないようなところで、こういう遊びをやっているというのが面白いなと思いました。
で、似たようなことがこの次にあります。お父さんがヘソクリを出しに行くシーンです。実はこの部屋は2回写るので、2回とも出てくるのですが、ここにハロルド・ロイドの写真が飾ってあります。ハロルド・ロイドはマック・セネットのスタジオと一度契約するのですが、使えない若造だと2週間ほどで解雇されます。その後に現在も知られるような大スターになりました。この作品を作っている頃は、代表作である『要心無用』という作品を発表しておりまして、もうセネットには手の届かないくらいの大スターになっていました。セネットの元を離れたロイドは、セネット最大のライバルのハル・ローチという人と組んで大成功をしました。そして今まさに『要心無用』によって、2人のコンビが絶頂期を迎えている最中なのですが、そのロイドの写真をわざわざここに置くというのは、この作品がハリウッドを舞台にしているからということも、もちろんあるのですが、そこにセネットの懐の深さを感じるのと同時に、やはりロイドや昔の仲間をもう1回思い出しているのかなという感じもします。
—-山崎バニラさん「ちなみに、『要心無用』の話がビルを12階まで登っていく話なので、それにオマージュを捧げて、メーベルが突然、高い窓のふちに現われるシーンで、“ここ12階だぞ、ここまで登るだけで1本映画が撮れるぞ”というセリフにしてみました」
—-新野敏也さん「素晴らしい。セネットが聞いたら泣くかもしれませんよ」
トリビアその2
次ですね。これはたまたま私たちがリハーサルをやっている時に気が付き、これは何ということだろうと思ったのですが、とにかく壮絶なことを発見しました。メーベル・ノーマンドが映画のカメラの前に立つことになり、NGを何回か出すシーンです。そこには、スタッフが10人並んでいて、彼女がNGをする度に、大笑いするスタッフの姿が何回か写るのですが、最後のワン・カットで大変な発見をしました。ここでスタッフの数が11人に増えているのですが、その中に何とマック・セネットが混じっていたのです。海外文献を見ても、セネットがこれに出ているというのは、どこにも書いていないのですよね。ゲストで出るにしても、こういうオチの部分だけで、しかもワン・カットしか出てこないというのは、やはりすごくお洒落だなと思いました。その当時、メーベル・ノーマンドはセネットが現場にいると、出ていけと叫んでいたみたいなことが、自叙伝に書いてありましたので、これはそのことを含めての洒落かもしれないです。
トリビアその3
メーベル・ノーマンドが、着ぐるみのライオンと本物のライオンが入れ替わっているのに気が付かないまま、ライオンを檻から出してしまい、スタジオの人たちが逃げ回るシーンで、一部合成を使っているのを発見してしまいました。あくまで合成も安全策を考えてだと思います。受付の小さな窓口のところにライオンが顔を出すところ、これは、まあガラスを張ってありますが、メーベルが行き場を失って、部屋のドアを開けちゃうシーン、この部分はマスク合成になっております。カットを変える前、扉を開ける次にライオンのアップとかが入っていると、合成がバレなかったかなという風に思います。
続いてここも偶然フィルムを編集している時に発見しましたが、扉が開いていて、ライオンの手が透けているのが見えてしまっています。これでマスク合成をしたということがわかりますが、これは安全策のためというよりも、あのライオンのサイズでは、明り取り窓にぶらさがっていますと、下半身がドアのところに垂れ下がってきてしまいますので、この姿勢ではメーベルの演技に使えないだろうということで、多分合成したと思います。
それ以外の部分はどうやっているのか、メーベル・ノーマンドがライオンを実際に連れているシーン、さかんにライオンが彼女の背中を引っ張るシーンを、何回も観直してみました。もしかしたら着ぐるみのライオンでも使っているのかと思ってもみたのですが、どう見ても手の曲がり方が、四足動物特有の逆間接になっていますので、本物のライオンでやっていることは明らかです。こんなこと本当にやるって、頭がおかしいのじゃないかと、疑ってしまいますね。後半になりますと、ライオンと対峙するところは、ライオンの怒り方も尋常じゃなくなってきて、まるでドキュメンタリーでも観ているかのような状態になってきます。メーベルの恋人役のラルフ・グレイブスという男優は、スタント無しで怒り狂うライオンの間近まで寄り、ホースで水をかけるという危険な演技をやっていて普通じゃないし、他もすべてを本当にやっているので、洒落にならないと思っています。今ですとこの点、ライオンは『アバター』とか『ジュラシック・パーク』のようにフルCGを使うとは思うのですけれども、その当時CG技術がないわけですので、こんなアイデアを思い付いて実行するということ自体が、尋常ではないとは思います。元々マック・セネットは、サーカスの動物のような曲芸団を一応スタジオに所属させてはいたのです。このライオンはヌーマという名前で、マック・セネットの他の作品でも、似たような感じで演技をしてはおります。それらの作品と比べても、この『臨時雇の娘』は普通じゃなかったと思います。
※写真資料提供:©喜劇映画研究会&株式会社ヴィンテージ
出演者プロフィール
山崎バニラ(やまざき ばにら)
活動写真弁士。2001年、無声映画シアターレストラン「東京キネマ倶楽部」座付き弁士としてデビュー。“ヘリウムボイス”と呼ぶ独特の声と、大正琴とピアノを弾き語る独自の芸風を確立。全国で活弁ライブを開催。声優としてもアニメ『ドラえもん』ジャイ子役、『妖怪ウォッチ』キン役他、出演作多数。
http://vanillaquest.com/
坂本真理(さかもと まり)
国立音楽大学リトミック専攻卒。幼稚園園長を経て、むらさきmusicラボ主宰。プログレブラジル系ビックバンド『バンダショーロエレトリコ』(パフォーマー)、多国籍民族楽器楽団ぺとら(歌語り踊り、鍵盤、打楽器)で活動中。パンデイロなどブラジリアンパーカッションを故・小澤敏也氏に師事、楽器を譲りうける。世界中で様々な多様性を持つタンバリン族に心を寄せつつ、演奏によるサウンドスケープを描写している。2016年より喜劇映画研究会の構成員となる。
http://www.murasakimusiclabo.com/
新野敏也(あらの としや)
喜劇映画研究会二代目代表、映像製作の㈱ヴィンテージ代表。各地の劇場、学校、公共機関、カルチャークラブ等で「喜劇映画」を軸に映画史、撮影技術、演出法の講演を行なっている。著書に『サイレント・コメディ全史』『喜劇映画を発明した男 帝王マック・セネット、自らを語る』がある。本年4月に河出書房新社より発売の『文藝別冊 ウディ・アレン』では論考を発表。
※喜劇映画研究会(きげきえいがけんきゅうかい)
本年設立41年目となる非営利サークル。初代会長は劇作家のケラリーノ・サンドロヴィッチ。所蔵する欧米コメディの歴史を網羅したフィルムや、貴重な関連資料を基に、文化啓蒙と社会貢献を目的に活動展開している。
http://kigeki-eikenn.com/
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