喜劇映画のビタミンPART5突貫レディ『臨時雇の娘』

愛する女優のために…喜劇映画の帝王が心を込めて捧げた映画

『臨時雇の娘』製作につき、マック・セネットが抱いていた思いとは

マック・セネットの映画というのは、短編喜劇、今の1秒24コマの速度で見せる映画ですと、大体20分見当の映画を量産していまして、それを一番ウリにしていたのですが、とにかく作り方が雑なものが多い。それはわざと雑に作っているということもありますが、この作品は逆にメーベル・ノーマンドを助けようとして、相当気張って作った部分があります。
本来ですと自分の作品ではやらない技術、あるいは新しく開発したような技術を取り入れて、かなり革新的な超大作として仕上げています。

エキストラ1マック・セネットはD・W・グリフィス監督とずっと仕事をしていましたので、この作品はグリフィス調のアレンジを取り入れている部分が多いかなと思います。飾り文字のスポークン・タイトルというのは、それが重要なシーンであっても、従来のマック・セネット作品ではほとんどやりません。手紙を書いているシーンでは、手紙をわざわざ2枚に分けて全文を出しているところも珍しい表現なのですが、ランプを手前に置いて絵画的に構図を決めております。基本的に彼の映画ですと、こういう小道具がある時というのは、ぶっ倒したり、投げつけたり、壊したり。あくまでもそういう設定で、はなから照明の加減も平凡なものになっております。猫を使って、誰かが来のかと間違える状況劇のギャグ演出も、マック・セネット映画で見られるアレンジではありません。

エキストラ2続いては夜のシーンですけれども、通常マック・セネットの作品で夜のシーンは、ベタに闇ですけれども、ここでは窓にシルエットが写るといった演出でお父さんとの関係を見せています。この辺の撮影の仕方というのは、後のハリウッドのメロドラマや純愛ドラマの作り方にすごく似ていて、この当時としては革新的なものでした。人物についてもエッジの部分を際立たせるように照明を端から当てているのは、この当時としてはかなり革新的な手法になります。そして顔にも陰影がよく出るように照明を当てています。アップで会話というのも、マック・セネットの映画はドタバタが基本ですので、あまり使わないんですが、表情がよくわかるように、コミュニケーションがよくわかるようにという構図で作っております。人物設定を綿密に作っていることが、このところからもよくわかります。

エキストラ3手紙を拾って恋人役のほうが事情をわかる。こういう伏線も、従来のマック・セネットの作品ではやっていません。また、すごいのはお父さんが暗い部屋にそのままいて、メーベル・ノーマンドと恋人のやり取りの一部始終を聴いていて、うっすらとわかるというところです。明るいところと暗いところのコントラスト、それも真っ暗にならずに陰影がこちら側の世界と向こう側の世界を分けています。すなわちお父さんが椅子に座ってじっとしているこちら側の部屋と向こう側の恋人たちがいる部屋で、別々のドラマが進行している、別々の感情が進行しているというところを、きちんと見せています。ドタバタ喜劇を専門のマック・セネット、コメディエンヌのメーベル・ノーマンドですので、ドタバタで見せるものと思わせておいて、このように手の込んだことをしているというのは、この作品の特徴的なところだと思います。お父さんの存在感というのがやっぱりこの映画の要だと思いますね。

エキストラ4この列車に飛び乗るシーンは、スタント無しでメーベル・ノーマンド本人がやっております。アクション映画を発明し、移動撮影を発明したマック・セネットですので、このシーンは、列車が動いている状態で撮影しています。すごく革新的なのは、段々列車が駅から離れていく風景、そして列車の最後尾に乗った彼女がさよならをしている情景の対比がまずあるのですが、メーベルの乗った列車とそれを写すカメラが乗った台車の両方ともが移動しながら撮影をしているところです。

エキストラ6こちら側のカメラが乗っているほうのスピードが段々遅くなって、列車が離れていくというこの撮影は、この当時誰もやっていないのではないかと思われます。そして最後は、固定カメラで離れていく列車を写すという、この構成がすごく素晴らしいです。



そして最後のシーン、これはこの頃ハリウッド映画人を驚愕させたフリッツ・ラング監督に影響を受けているんじゃないかというような、サスペンスになっています。誰かが部屋の外にいて、一所懸命ドアを開けようとしているのと、メーベルを騙した悪い男、部屋で椅子に座るこの男のアップをカット・バックする。壁に射す陽光と人影を効果的に使って、何か事情が変わりつつあるということなんかも入れといて、そしてこのカットが変わる時、視線が移ると銃口のアップ、というこの衝撃。その後に窓のところにメーベル・ノーマンドが立っている、となるわけです。ハトのような感じで(笑)このように見てきますと、従来のマック・セネットの作品と比べると、彼がいかにこの作品に思い入れを抱き、丁寧に、革新的に作っていたかがおわかりになるかと思います。

エキストラ7エキストラ8

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