【SKIP CITY IDCF】市民

移民~差別が生まれ出ずる処~

【SKIP CITY IDCF2017】長編コンペティション部門

市民

市民 / The Citizen

ナイジェリアから政治難民としてハンガリーに移住してきたウィルソンは、市民権を得るために何度も試験を受けに行くが、何度も失敗していた。勤務先で紹介されたマリという教師と出会ったことから、彼の運命は変わっていくのだった。

 女性教師のマリは、夫と息子たちと小さいけれども、庭のある家に住んで、一見不自由のない暮らしをしている。年上の夫は、もうかなりの歳で、時々商売はてしいるものの、家でブラブラしていることのほうが多いようだ。彼女は家庭教師でお金を稼ぐほかは、家事に明け暮れる生活を送っていて、どこか広い世界に飛び出したいという願望をどこかに抱えて生きている。彼女の教え方は独特で、頭に詰め込むだけでは自分のものにならないからと、ウィルソンを、ハンガリー最初の王イシュトヴァーンが聖人として祀られる、聖シュテファン大聖堂に連れて行ったり、美術館に彼の肖像画を見せにいったりする。そうしているうちに、いつしか2人の間に恋心が芽生えていくのだった。もしかすると、彼女の箱庭から抜け出したい願望と、家族をナイジェリアで失った(ボコ・ハラムの襲撃に巻き込まれたのか)彼の孤独が、2人を結びつけたのかもしれない。この2人の関係が、周囲を照らし出すかのように、ハンガリーに内在する様々な差別の形を炙り出していく。

 普段、ウィルソンはスーパーの警備員として働いている。職場では特に差別もなく、彼自身伸び伸びと仕事をしているのがわかる。スーパーの開店何十周年のお祝いとして、優秀な社員を表彰し、旅行券をプレゼントする企画では、そんな彼の働きぶりが評価され、見事賞を受賞する。マジャール人(生粋のハンガリー人)も、いまだ市民権を持たぬナイジェリアからの移民も差別することのない、会社の方針が気持ちいい。

しかしその直後、祝いの席で、ウィルソンは「ニガーごときが」という、同僚からの心ない侮辱の言葉を受けるのである。また、親切だったお店のマネージャーも、彼がマリと不倫していることについては、快く思っていないことが間もなくわかる。マネージャーはマリの身内だったのである。彼女はマリに対して、厳しく迫る。彼女の口から出てくるのは、やはり差別的な言葉ばかりであった。一見差別のない職場を舞台にしているからこそ、その社会で差別がどのようにして顕在化していくのかが、よく見える。最初の同僚は、自分が不遇に扱われていると感じたことによって、差別意識が表に現れた。マネージャーは自分の生活の領域に彼が入ってきたことの不安から、差別意識が表に出たのだろう。一見差別のない世界でも、人は自分の身が危機にさらされていると感じた瞬間から、差別に走ってしまうものなのである。ただ、その許容量が人によって違うだけなのだ。この過程が、実は今のハンガリーの政治状況をよく表しているように思う。

確かに、ウィルソンを愛するマリは、差別意識が皆無と言える。しかし2人は、ウィルソンの家に転がり込んできたイランからの不法移民の女性の扱いを巡って対立する。イランの女性にしても、止む事なき事情があり国を抜け出してきているのは確かだが、彼女の立場はあくまでも不法移民である。ナイジェリアの内線から逃れてきた難民ウィルソンとは法的な扱いも全く違う。確かに難民と不法移民の違いは、容易に区別が付きがたいところもあり、それもまたEU諸国を悩ませているところではある。

しかし、ウィルソンにとっては、難民も移民も辛い思いをしているという点では、まったく違いがない。そこにマリとの溝が生まれるのだ。「私のことも少しは考えて」マリの不満も、ウィルソンが辿ってきた悲劇的な人生の前では、退屈を持て余していた主婦の我がまま程度にしか感じられない。所詮、厳しい現実を潜り抜けてきた人間と、箱庭から世界を眺めてきた人間では、わかりあえるはずがないのである。そういった意味では、ローランド・ヴラニク監督は、差別主義者だけでなく、リベラルな人間に対しても、容赦がないと言える。果たしてリベラルな人々の運動も、本当に難民たちの立場に立ったものなのだろうか。自分たちが優位に立っているからこそ、成立しているものではないかと。

 今、移民問題で揺れ動くEU諸国。その中でもハンガリーは、「反移民」を打ち出すオルバン首相をリーダーに抱き、国境にフェンスを建設したことで、他のEU諸国から批判を受けている。最初は移民を受け入れていたハンガリーだったが、あまりの移民の多さに、耐えかねた末の選択だった。具体的には人口985万人に対して、非正規移動者が39万人、人口の3%というと、たいしたことがないようにも思えるが、日本の人口で考えれば、横浜市の人口に匹敵することになる。フェンスの良し悪しは別にしても、危機感が募ることは容易に理解できる。そのような国からこうした映画が出てきたことがとても興味深い。ハンガリーがフェンス建設を始めたのが2015年、この作品は翌年に製作されているので、それを踏まえて企画されたものだろう。あくまでも、それをストレートに描くのではなく、日常から問題の本質に迫っていく方法は、どこかケン・ローチ監督の作品を彷彿させるところもあり、見事である。

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2017 開催概要

ポスター
■会期: 2017年7月15日(土)~7月23日(日)
■会場: SKIPシティ 映像ホール、多目的ホールほか(川口市上青木3-12-63)
彩の国さいたま芸術劇場(さいたま市上峰3-15-1)
[7/16、7/17のみ]
こうのすシネマ(鴻巣市本町1-2-1エルミこうのすアネックス3F)[7/16、7/17のみ]
■主催: 埼玉県、川口市、SKIPシティ国際映画祭実行委員会、特定非営利活動法人さいたま映像ボランティアの会
■公式サイト:www.skipcity-dcf.jp

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