柳下美恵のピアノdeシネマ2017『極北のナヌーク』ゲスト:ピーター・バラカンさん

~ルーツを知ることは、今を見つめること~

トーク2柳下 「今日は、せっかくピーターさんがいらして下さったので、現代の音楽のルーツを聴きたいと特別にお願いして、何曲か持ってきていただきました」

※演奏 (ピーター・バラカンさんの解説付きで、次の5曲が会場で流されました。最後の2曲はYou Tube でも聴けます)

1 Sarah from Sahara /Eubie Blake Trio (1917)
2 Sometimes I Feel Like a Motherless Child/Edward H.S.Boatner (1919)
3 Lament/Clarence Cameron White (1919)
4 Crazy Blues/Mamie Smith’s Jazz Hounds (1920)
5 Don’t Let Your Deal Go Down Blues/Charlie Poole & The North Carolina Ramblers (1925)


柳下さん3柳下 「こうして、音楽を聴いていきますと、音楽はアフリカから来ているのですね。映画だと、アフリカのサイレント映画って聞いたことがないので、凄く不思議な気がしました」

ピーター 「アフリカから来たものと、ヨーロッパから渡ったものが、アパラチア山脈の中で融合し、それがのちの音楽に凄く影響を与えることになるのですね。20年代には色々なタイプのレコードがたくさん出て、それが20年代の終わりまで続くのです。けれども、29年に大恐慌が起こり、30年代に入り社会全体が貧しくなると、レコード会社がほとんどレコードを出さなくなったんです。出すのは確実に売れるものばかりでしたので、黒人のためのものとか、南部の貧しい白人のために作っていたものが、ほとんど出なくなって、一時期は、これらの音楽はもう忘れられてしまったんですね」

柳下 「今日聴かせていただいたものも、その中の1つですね。今は普通に聴くことができるようになったのですね」

ピーターさん4ピーター 「というのも50年代に、ハリー・スミスっていう人が、そういった古い音源を集めてLPのBOXセットを出したからなのですね。元々彼は実験映画を撮っている人だったんですが、自分の映画の製作費を賄うために、自分の持っていた膨大な数のSPレコードを売ろうとしました。ところが、それを買ってくれる人がいなかったのですね。それで困っていた時に、あるニューヨークの小さいレコード会社の人が、うちでは買えないけれども、そんなに面白いものをいっぱい持っているんだったら、コンビレイションのLPを作ればいいじゃないかって、彼に助言をするんです。それで結局それを6枚組のBOXセットにして出したんですね(Anthology of American Folk Music)。今でもCDで買うことができますけれども」

柳下 「その時も売れたということですか」

ピーター 「いや、そんなには売れなかったんです。でも、それを買った人たちというのが、後にフォーク・ミュージックのリバイバルを起こすミュージシャンとか、後世に影響を及ぼす人たちだったんですね」

柳下 「そういうものを残していこうと思っていた人たちだったんですね」

ピーター 「結果的にはそうなりますね」

柳下 「映画もそうですね。今では失われてしまっているものが多いですが、失われたと思われていたフィルムを持っているコレクターがいて、その人が亡くなった時に、急に浮上するっていうことがあるんです。そしてそういうものに価値を見出しているコレクターが、受け継いでいくみたいなことってありますよね」

ピーター 「コレクターっていうのは、そういう意味では貴重な存在ですけれども、でも持っている物を自分1人で楽しんでいると、勿体ないという面もありますね」

柳下 「確かに色々な人がいるらしくて、みんなに見せたいという人がいるかと思えば、あるよっていうだけで、人には絶対に見せない人とか(笑)。ただ、もしその時に見れなくても、持ってさえいれば、亡くなった後に、価値のわかる人が見つけてくれる可能性があります。ゴミだと思われてしまえば、それまでですが」

ピーター 「だから60年代の初めくらいになると、先ほどのハリー・スミスっていう人のBOXセットに触発された、例えば若い学生が南部の農村とか集落に行って、もしかして古いレコードありませんかって、適当に人の家のドアを叩いて回ったんですね。そしたらね、家に置いてあるんですって、その時代は。30年位前のレコードですからね」

柳下 「確かに、30年位前のものなら」

ピーター 「で、レコードはあるんだけれども、多分蓄音機がもう無かったりして、こんなのはもうガラクタだよって、タダ同然で出してくれたんですね」

柳下 「ビデオやレーザー・ディスクの再生機が無くなったみたいなものですね」

ピーター 「結局その学生がね、そういうものを買って、あるいはもらったもののほうが多かったとは思うのですけれども、それで今度はそれをLPにしたり、あるいは、それを演奏した人がまだ生きているのかどうかを調べて、その人をいわゆる再発見して、フォーク・フェスティバルなんかに出したりしたんですね。そこからそういう古い音楽が、もう1度60年代に流行ったという経緯があったんです」

柳下 「なんか、凄いドラマですね。映画みたい」

ピーターさん3ピーター 「ドラマと言えば、ちょっとそこからは離れてしまうのですけれども、今日始まる前に柳下さんに見せたのですが、凄く面白い本があってね。バッハの無伴奏チェロ組曲にまつわるお話なのですが。バッハが、多分1720年代くらいに書いているものなのですけれども、今ではすごく有名なこの曲が、彼が生きている時には全然有名な曲ではなかったし、ほとんど演奏されていなかったらしいのですね。その後も、たまに誰かが練習曲として使っていたくらいで、ほとんど知られることがなかったのですが、パプロ・カザルス(スペインのカタルーニャ地方に生まれたチェロ演奏家、指揮者、作曲家)が、たまたま1890年にバルセロナの中古楽譜の店で見つけて、それを弾き始めたことから、だんだん世の中に知られるようになったということが書かれています。さらには、バッハの時代の18世紀のヨーロッパの政治がどうだったとか、その曲が書かれた時代背景がどうだったとかにまで言及されていて、クラシックのことを知らなくても一般の読者がすごく楽しめるような、ものすごく面白い本になっています。僕は英語で読んでいますけれども、日本語版も2011年に出ていたみたいです。もう今は絶版のようでけれども、きっと図書館にはあると思いますので、ぜひ読んでみて下さい」
(※エリック・シブリン著/武藤 剛史 訳 「無伴奏チェロ組曲」を求めて バッハ、カザルス、そして現代)

柳下 「パブロ・カザルスが13歳くらいの時に、お父さんに連れられて行った店で、たまたま見つけたそうですね。すごいな、才能がある人は。出会いってありますね」

ピーター 「そうなんですよね」

トーク3柳下 「ルーツとか、それが今に蘇るとか、その変遷のストーリーって本当に面白いですね。そういったものにも、目を向けてもらえると、本当にいいなって思っています。ピーターさんのファンの方たちは音楽のファンなので、映画をたくさん観るという方はそうはいないと思いますが、どうなのでしょう」

ピーター 「でもね、映画もよく番組で紹介していますよ。観た人から感想のメールもよくいただきますよ。まあ、どれくらい観ているかはわかりませんけれども」

柳下 「新作映画はご覧になっているけれど…新作があり過ぎるので、それをまず観て、余裕があったら古いものも観ようってなってしまうんですよね。それでやっぱり余裕がないんですよ(笑)」

ピーター 「サイレントだけじゃなくて、例えば30年代とか、40年代にも古典的な名作が本当にいっぱいありますよね。マルクス兄弟の映画とか、特に彼らの初期の30年代の半ばくらいの映画は、本当に傑作ですね」

柳下 「3人のコンビネーションも面白いし、チコのピアノは離れ業だと思いますね」

ピーター 「言葉のコメディがわからなくても、観て楽しめるという部分もかなりありますからね。あの辺もうちょっとテレビでやってくれると、いいなと思うのですけれどもね」

柳下 「そういうのも意外と著作権とかで縛られてしまっていて、なかなか上映できないんですよね」

ピーター 「そういうの、あるのかなー」

柳下 「テレビの放映権とか、意外と厳しかったりするんですよね。午前10時の映画祭でも、やっぱりそういうことで限られてしまっているようですものね」

ピーター 「音楽と違って、映画は上映したくっても配給権が切れていると、もうどうにもならないですからね」

柳下 「なかなか難しいのですけれども、みんなの要望があればね。ぜひ皆さんも色々見てリクエストしていただければと思います。今日は短い間でしたけれども、本当に幸せな時間でした。貴重なお話と選曲をどうもありがとうございました」

ピーター・バラカンさんプロフィール

ブロードキャスター
1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。現在フリーのブロードキャスターとして活動、「バラカン・ビート」(インターFM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「ライフスタイル・ミュージアム」(東京FM)、「ジャパノロジー・プラス」(NHK BS1)などを担当。 著書に『ロックの英詞を読む〜世界を変える歌』(集英社インターナショナル)、『ラジオのこちら側で』(岩波新書)、『わが青春のサウンドトラック』(光文社文庫)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)、『猿はマンキ、お金はマニ』(NHK出版)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『ぼくが愛するロック 名盤240』(講談社+á文庫)、『200CD ブラック・ミュージック』
オフィシャルサイトhttp://peterbarakan.net/

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