柳下美恵のピアノdeシネマ2017『極北のナヌーク』ゲスト:ピーター・バラカンさん

~ルーツを知ることは、今を見つめること~

トークショー6月2日金曜日渋谷UPLINKにて、今年5回目となる柳下美恵のピアノdeシネマ2017が開催され、『極北のナヌーク』が上映されました。終映後は、ゲストにDJのピーター・バラカンさんを迎え、映画の話や、現代音楽のルーツについての興味深い話が繰り広げられました。今回はその模様を、たっぷりとお伝えいたします。

『極北のナヌーク』作品紹介

“ドキュメンタリー映画の父”と言われるロバート・J・フラハティによる記録映画。カナダ北東部アンガヴァ半島に暮らすイヌイットの一家の生活を追う。氷に穴を開けて魚を捕り、セイウチやアザラシを狩る自給自足のシンプルな生活。生きていくことの厳しさだけでなく、主人公ナヌークの家族への愛情や、ユーモアなども織り込まれており、そこには平和な時間が流れている。今では失われてしまった、イヌイットの伝統文化を知るうえでも、貴重な映像である。

トークショー

柳下さん1柳下美恵さん(以下柳下) 「まずは映画の感想をお聞かせください」

ピーター・バラカンさん(以下ピーター) 「あらかじめ今日の作品を教えていただいていたので、YouTubeで先に観ましたけれど、やっぱりフィルムで観ると違いますね。映写機の音を聴くというのも、懐かしいです」

柳下 「なかなかないですものね。ただある時代から映写室はあったので、映写機の音を聴けるのは珍しいことですね」

ピーター 「これは1922年の映画ですよね。95年前にこんな映画が作られていたんですね。初めてのドキュメンタリーということですか」

柳下 「正確には、フラハティ監督が1926年に制作した『モアナ』で初めてドキュメンタリー映画という呼び方がされたらしいのですが…」

ピーター 「今観てもすごく新鮮ですよね。やっぱりイヌイットの生活、全然知らないからね。何から何まで全部初めて観るものばかりですものね。ナイフからしてセイウチの…」

柳下 「牙を凍らせて、研いで、作るみたいなこと言っていましたよね」

ピーター 「すごいよね。やることが。生存本能の塊なんだね」

柳下 「この作品では、彼らはすごく明るいじゃないですか。でもこれから数年も経たないうちに、食料が調達出来なくてナヌークたちが亡くなってしまうという厳しい現実がありました。これは生きるっていう映画なんですね」

ピーターさん1ピーター 「夜は裸になって寝袋を着て寝るんですね。でも寒そうにしていないじゃないですか。赤ちゃんなんて終始裸でしょ。だから普通の世界にいる我々よりは、多少皮下脂肪が多いのかもしれませんね。それにしても寒いよね。ずっと生きるか死ぬかというところで、生きている感じがしますね。その日に狩りでなんか捕ってこないと、喰いっぱぐれてしまうわけですからね。想像を絶する生活ですよ」

柳下 「でも撮っている時には、やらせがあったようです」

ピーター 「多少はあるでしょうね」

柳下 「何回も食べるところが出てくるのですが、最初は彼らが食べているところを映して、最後は犬たちが待っている場面を映す。それを撮りたいがために食べるシーンを撮った感じもしましたが。その一場面をとっても、構成がしっかりしていると感じます」

ピーター 「電気がないでしょ。あんな寒い中じゃ、バッテリだって無理でしょ。だからカメラは手巻きですよね。寒い中で三脚を立てて、ずっと手でクランクを回しているわけでしょ。でもそれを全然意識させないっていうところが、大したものですね」

柳下 「本当ですね」

ピーター 「このピアノはちょっと調子が外れていますけれど(笑)なんかそれもね、味になってたですよ(笑)」

柳下 「一応、4月には直しているのですけれどもね。私しかほとんど使わないみたいですが、相当年期が入っているようで(笑)。UPLINK代表の妹さんが使っていたピアノを持ってきたように伺いました」

ピーター 「いつも即興でやるんですか」

柳下 「そうですね」

ピーター 「でもナヌークは何回も弾いています?」

柳下 「2回目です」

ピーター 「あっ、じゃ、次に何が起きるかというのは、わかっているわけでもない」

柳下 「弾く前に何回も観ていれば覚えているでしょうが、そんなには観ていないので、観ながら決めていく感じですね」

ピーター 「音楽があるか無いかで、全然違うと思うんですね。緊張感だとかね」

柳下さん2柳下 「いやー、ピーターさんの前で弾くのって、本当におこがましくて。私は音楽じゃなくて、音って感じで捉えているので…。ところで、私はInterFMでバラカン・モーニングという番組でピーターさんがDJされていた時からのリスナーなのですが、その時、試しにと思いサイレント映画の情報を送ってみたら、すぐに紹介して下さいました。その後も調子に乗っていろいろ送ったのですが、いつもすぐに紹介して下さるので、ピーターさんがサイレント映画をすごく応援してくれているように感じたのですが、サイレント映画の捉え方が、ご自分の中であるのですか」

ピーター 「多分ね、全体的に古いものが好きだっていうのが、まずあると思うのですね。今の世の中では、すべてが最新情報になりがちなところがあって、それでは画一的なメディアになってしまい、つまらないと思っています。むしろちょっと貴重な、普段はあんまり接する機会がないようなものが好きですね。音楽にしても古いものが好きだし、サイレント映画も、昔子供の頃にテレビで観ることもあったし、そんなにたくさんではないけれども、映画館でも観たことがありますね」

柳下 「その時はピアニストとかオルガニストとかいたんですか」

ピーター 「音楽がもう付いていたんだと思います。テレビでチャップリンだったり、ハロルド・ロイドだったり、その辺の大御所たちの、割りと短編が放映されることがあったのですね。そういえば1度、東京の夏音楽祭というのがあって、映画をテーマにしてやったことがあるんですよ」

柳下 「あの時『新バビロン』(29年)という映画の音楽で使われた、ショスタコーヴィチの楽譜を再現して上映したり、日本映画の『爆弾花嫁』(32年)というハチャメチャなコメディを上映しました」

ピーター 「そう、それだ。ビル・フリゼルっていうアメリカのジャズギタリストが演奏した…」

柳下 「それは多分尺八奏者の中村明一さんが演奏したと思います」

ピーターさん2ピーター 「いや、僕がその選考委員会に入っていたんですよ。で、ビル・フリゼルは以前、バスター・キートンの無声映画のために作ったアルバムを2枚出していたので、僕の企画として、それを再現してもらおうと思って日本に呼んだんですね。でも日本に来たら同じことをやるよりも、違うことをやりたいって急に言い出したんです。それで、音楽祭のスタッフの女性にすごく映画に詳しい方がいて、彼女が見つけてきたのが『爆弾花嫁』っていう映画だったんですね。すごく可笑しな映画で…。中村明一さんも入っていたんでしたっけ」

柳下 「アンサンブルで演奏したことは覚えています」

ピーター 「じゃ、2回やったのかな…。それがすごく面白かったですね」

柳下 「日本では珍しいスラップスティックだったですね」

ピーター 「うーん、しかし残念ながらお客さんがあまり入らなかったですね(笑)」

柳下 「大きな会場でしたしね」

ピーター 「それで今日は、ビル・フリゼルではないのですけれども、マーク・リボーっていうアメリカのキダリストがSilent Moviesっていうアルバムを出していて、その中に入っているバトー(bateau)っていう、これはフランス語でボートっていう意味ですけれども、これが今日の映画にはちょっといいかなって持ってきました」

※演奏(この曲はYou Tube で聴くことができます)

柳下 「あーなるほど。ちょっと哀愁漂う感じですね。私はちょっと無機質な感じで弾いていたのですけれども、これもちょっと抒情的な感じで、いけそうですね」

ピーター 「抒情的でも、淡々としているものだと思いますよ。こういう映画に何をもってくるかって色々な選択肢があると思いますけれども、それによってまるっきり映画の印象が変わってしまいますからね」

柳下 「先ほどピーターさんが古いものが好きとおっしゃっていましたが、音楽や映画にはルーツがあって、それを観たり聴いたりすることによって、今の音楽や映画を見つめられると思うのですね。私は偶然この仕事をやっていますが、古いものに興味がある人って、少ないですね。特に日本は少ないかな」

ピーター 「メディアが新しいものばかり紹介するから、という面もあるんじゃないかと思いますけれどもね。もっと上手に面白く、そういう古いものを紹介してくれれば、興味を持つ人もいると思いますよ」

柳下 「そうですね。だから例え古くても、こういう面白いものがあるんだ、ということを知ってもらいたくて私もやっているのですが」

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