柳下美恵のピアノdeシネマ2017~三大喜劇王特集④

『キートンのセブン・チャンス』キートン映画の秘密教えます

yanasita(3)柳下 「サイレント映画は、チョコチョコと動いてモノクロだってイメージを持っている方が多いかと思うのですけれども、モノクロといっても染色版というのも結構あったり、ステンシルを使って手で彩色したりだとかいう技術もあるのですよね。今でもそういうことをやって下さる方が増えるといいのですけれどもね。無理か(笑)」

新野 「逆にフィルムが主流ではなくなった関係で、CGの応用でモノクロの映画をカラーにするといったことは、もう30年前くらいから徐々に広まっていますね」

柳下 「サイレント時代の手作業って、昔の陶芸の絵付けの作業みたいなところが、なんか似ているかなぁなんて思って。そういう職人さんも減ってきちゃいましたものね」

新野 「柳下さんがメリエスの『月世界旅行』のカラー版を伴奏されていましたけれど、それが作られたのは、ちょうど120年前になります。30年、40年前のインタビューで、その初公開を観たという70歳(当時)くらいの老人の話によると、『月世界旅行』ってカラーだったって言うんですよ。最近ビデオで観るのは、白黒なんだけれどねって。第1次世界大戦前には、日本でもヨーロッパの映画が結構輸入されていましたけど、劇場が買い取っていたのは、カラー版(手彩色)が多かったわけですね」

柳下 「燃えやすい素材でフィルムを作っていたのを、戦後、燃えない素材にしなくちゃいけないということがありましたね。あれダイナマイトと同じ素材なのですよね」

新野 「ニトロセルロースというのが、主原料です」

柳下 「自然発火して、結構撮影所とかでも燃えちゃっているので、それを防ぐために不燃性のものに変えるっていう法律が世界的にできたのですね。その時にサイレントのものに改めて彩色するのはお金がかかるということで、技術者がいなくなっていくんです。それ以降はベースしか残っていないので、サイレントは白黒、というイメージになっちゃったんですね」

arayana(2)新野 「結局最初のセルロイドは、耐用年数が40年ぐらいですね。ヨーロッパの場合は残していこうという発想がありましたが、日本では基本的に新しい映画を作ったら、もう古いフィルムはいらないんだという発想だったので、映画自体が無くなってしまったのですね。あと、染色で使っていた色の一部はシアン化合物なので、こりゃ猛毒ですね。それである時代から使用禁止となっちゃったのと、その薬品自体がセルロイドより経年劣化が早くて色が褪せてしまったり、その染料がセルロイドを痛めてフィルムの寿命を縮めたりしたんですね」

柳下 「猛毒っていうことは、染色していた人はそれで病気になったりしたんですかね」

新野 「そういうこともあった筈ですよ。発がん性の物質ですから。その当時、ちゃんと今みたいに手術に使うようなゴムの手袋とか防護マスクなんてあったかどうかわからないのですが、毒性が強いという職場教育すら徹底されていたかどうか、ひょっとしたら素手でそのまんま作業していたかもしれないですね。あっ、付いちゃったってとか言って、ベロっとなめちゃったりして(笑)」

yanasita(4)柳下 「話は違うのですけれども、アスベストの作業をしていて、そのために亡くなられた人のドキュメンタリーを原一男監督が作っています。実はその音楽をやったのですけれども、3時間半あるのですが、いつか観ていただければと思います。あれ、宣伝になっちゃいましたが(笑) そういうことは、どの時代でもあるのですよね。アスベストもその時には気が付かないで、後で害があることがわかったのですものね」

新野 「高度成長期の時にアスベストも夢の素材と唱えられ、バンバン使われていましたものね。色素の毒が強いっていうのも同じですね。それと、セルロイドは燃えやすいけれど、製品寿命があるなんてことは、発明当初はわかっていませんでした。だから映画フィルムで使われていたのですが、それだけでなく、耐用年数を過ぎると保存状態によっては崩壊して非常に燃えやすくなり、40度以上で自然発火してしまうということが、後年になって判明したんですね」

柳下 「キートンのフィルムとか、撮影所で燃えてしまったとかいう話ってないのですか」

新野 「そういうことはなかったのですが、今ご覧いただいた作品でも、ところどころボコっと白く画が抜けているところは、1950年代に発見された時点でフィルムの乳材が剥落していて、すでに修復不能だった部分となります。ロイドのフィルムは自宅倉庫で保管していたのですが、フィルムが発火性だったために、火事で燃えてしまいました。なので、眼鏡をかける前のキャラクター作品っていうのは、先ほど上映した『爆裂映画館』くらいしか残っていないのですね」

柳下 「チャップリンとかはどうなのですか」

P1019803(2)新野 「チャップリンは保管がすごく厳しくて、大丈夫だったみたいです。チャップリンが保管を厳しくしたことは、フィルムの材質以外に理由があります。ある年代までは、映画は演芸ホールでやっていた頃の延長ということで、劇場主のほうが製作者より発言権を持っていたんですね。短編映画ですと、配給が間に合わないとか、お金を払ってフィルムを買うのが大変だとかいう台所事情もあって、お客さんが喜ぶプログラムということで、勝手に劇場側で以前のヒット作を改変したりすることが多かったのです。具体的には、買っておいた古いフィルム3本を勝手に再編集して、新しい長編1本にするとかいうことがあったんですね」

柳下 「じゃあ、チャップリンは、自分のオリジナルを絶対持っていようと思ったのですね」

新野 「それでチャップリンは、ある時期から厳密にフィルムを管理するようになったのですね。ロイドも同じく自分でフィルムを管理するようになったのですけれども、たまたま彼の場合は火事が起きちゃったということですね。燃えやすいということが物語の重要な鍵となる一例が『ニュー・シネマ・パラダイス』で、可燃性のフィルムで火事が起きますよね」

柳下 「キートンの映画は発火しなくても、発火しそうなシーンっていうのがすごくありますよね(笑) 今日はありがとうございました。このピアノdeシネマは4年目になりますが、毎回5月には、新野さんの解説付きで、コメディ映画をやっていまして、本当に色々教えいただいて、本当に色々なものをかけさせていただいていております。もし来年があればこれも続くと思いますので、皆さん楽しみにしていただければと思います」
※柳下さんとは「来年から5月の回だけアラノdeシネマに改題する」というジョークがあります。
(新野敏也さん談)

※写真資料提供:©喜劇映画研究会&株式会社ヴィンテージ



≪新野敏也(あらのとしや)さんプロフィール≫
喜劇映画研究会代表。喜劇映画に関する著作も多数。
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Web:喜劇映画研究会ウェブサイトhttp://kigeki-eikenn.com/

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