柳下美恵のピアノdeシネマ2017~三大喜劇王特集④

『キートンのセブン・チャンス』キートン映画の秘密教えます

3人挨拶

柳下さん、新野さん、鳥飼さん

5月5日「こどもの日はコメディ♪第2部」では、バスター・キートンの傑作『セブン・チャンス』が上演されました。ピアノdeシネマでは、いつもは柳下美恵さんのピアノ演奏で、映画が上映されますが、今回は特別ゲストとしてマルチ・プレイヤーの鳥飼りょうさんが、伴奏に加わりました。鳥飼さんは深海無声團(弁士さんとピアノとパーカションで組んで、主に関西でサイレント映画を上映しているグループ)で、パーカッションを担当されています。最近ではピアノによる無声映画の伴奏をすることも多いそう。いつも関西でその演奏を聴いている柳下さん、その縁で今回特別に鳥飼さんをゲストとしてお招きしたとのこと。「本当にお若いのですけれども、ここ2、3年で本当にいろいろな作品をやっていてうらやましいなぁ、こんなにいっぱいできるんだと、思っておりました。最初からすごくセンスが良くって、さすがだなって思っています。今日も色々持ってきてくださっています」その言葉どおり、さまざまな楽器、あるいは小道具を駆使した鳥飼さんの、コメディならではの効果音がピアノの演奏に加わって、映画の楽しい雰囲気がさらに増した上映会となりました。


『キートンのセブン・チャンス』

ストーリー

経営に失敗して、破産寸前のバスター・キートン。そんな折、突然降ってわいた遺産相続の話。しかし喜んだのも束の間、相続するのには、27回目の誕生日の午後7時までに結婚することという条件が付いていた。今日がその27歳の誕生日。意中の女性にプロポーズしてみるが、誤解からふられてしまう。後がなくなったキートンは、仕方なく顔見知りの7人の女性を花嫁候補にして、猛烈にアタックを開始するのだった。

新野敏也さんによる上映前解説

seven_chances1 (002)本日の『セブン・チャンス』はテクニカラー版での上映です。もっとも全編カラーではなくて冒頭の部分のみです。この作品は、撮影された1925年(大正14年)の時から既にカラーでした。しかし、当時の日本ではコストの関係からカラー版は公開されておりません。昔は色の再現にとても苦労しております。古いカラー作品で有名なものに『風と共に去りぬ』とかディズニー映画の『白雪姫』がありますが、これは3原色、シアン、マゼンダ、イエローでカラーを構成しております。1916年に開発された時点では、2原色で何とかカラーを再現しようとしておりました。2原色のテクニカラーはオレンジとグリーンを混ぜてやっております。最初にオレンジとグリーンのネガを2枚作りまして、それを重ねて貼り付けてプリントしていたそうです。この初期2原色テクニカラーの難点としましては、厳密な赤とか青は再現ができないこと、また現像のプロセス、撮影をする時のレンズからして違いますので、白黒映画と比べて大変手間とコストがかかることでした。長編映画を全編カラーにした場合には、会社が傾くくらいの費用がかかりますので、とりあえず超大作で部分的に、重要なシーンだけ、誇張したいシーンのみをカラーにしている感じです。例えばセシル・B・デミル監督の『十誡』とかフレッド・ニブロの『ベン・ハー』など、宗教的に重要な出来事、キリストが出るとかマリア様が出るとか、そういう強調すべきシーンにカラーを使っています。そんな時期にいち早くキートンもカラーを採用したことになりますね。もちろんコストとか色々なこともありまして全編ではないのですが、すごくお洒落にカラーを使っているところが、キートンの革新的なところです。

トーク・ショー「キートン映画の秘密教えます」

3人座って柳下美恵さん(以下柳下) 「鳥飼さんは、演奏されてご感想とかお持ちでしょうか」

鳥飼りょうさん 「本当にお洒落ですよね。この作品は私も大好きで、公演でやるのは初めてだったのですけれども」

柳下 「なんでこんなにセンスがあるのでしょうかね。それでは、トリビアなところもいっぱいお持ちだということで、先生どうでしょうか」

新野敏也さん(以下新野) 「さっき、出尽くして、それで声も出なくなりました(笑)」(ガラガラ声で)

柳下 「いえいえ、そんな。ぜひぜひ。パントマイムでもいいので(笑)」

新野 「いえいえ。それこそ出来ません(笑)」

柳下 「本当にあっという間に終わっちゃいましたね。すべてのシーンを見入っちゃう。よそ見している暇なんてない感じの映画でしたね。キートンは、ずっと走っている感じがするのですけれども、いつも止まる瞬間があるのですね。その間がとても不思議で、絶妙なリズムになっていますね」

新野 「リズム感もすごいですが、1番驚くところは、タキシードを着たまま木を逆上がりで登っていったりするところですね」

柳下 「本当にすごい身体能力ですね。あれを撮ったのは何歳くらいの時ですかね」

新野 「30歳過ぎくらいですかね」

柳下 「30歳だったら大丈夫か(笑)」

新野 「映画としては、これ以降のほうが危険なことをやっています」

7chances6 (002)柳下 「演技かもしれないですけれども、坂を転げ落ちる岩を避けながら花嫁たちから逃げるシーン凄いですね。転げ落ちる岩にあれだけスピード感があるということは、かなりの重さがあるのでしょうね。でないと、あの感じは出ませんものね」

新野 「キートンが大きな岩のところに隠れて、転がってくる岩から身を守っているところ、ゴンと当たるたびに、あのデカイ岩がずれるので、かなりの重量があると思いますね」

柳下 「軽ければ、もっとパーって飛び散ってしまいますものね。本当の岩だったらもちろん死んじゃいますけれども(笑)そうではないけれども、ある程度の重さがあるものが転がっているわけですよね」

新野 「発砲スチロールはその時代にはないので、石膏とかで作っているのではないかと思いますが」

柳下 「石膏だったら確かに岩に見えますものね」

新野 「中が若干ガランドウだとしても、かなりの厚さはありますね」

P1019814(2)柳下 「あれだけ人を集めたのもすごいですね。どのくらい集まったのでしょうか」

新野 「まあこの映画は結局、岩も花嫁も物量の映画なのですね(笑)」

柳下 「岩はいくらでも作れるけれど、花嫁は一応花嫁衣裳を着させて、しかもあれだけの人数を集めなければいけないんですものね。衣装の代金だけでもすごいけれど…あっ、自前かな。結婚した人たちに自前のものを持って集まってくださいみたいにしたのかも」

新野 「確かに見ていると、若い女の子だけじゃないですものね(笑)よく見ると男の人も交じっていたりして。教会の中では、半分髭を隠して花嫁衣装来ている人がいましたよ」

柳下 「本当ですかっ」

新野 「マニアックなことを言いますと、カッコいいなぁと思うキートンは、よく後ろの髪が立っているんですよ。それもいつも一か所だけが立っているんですね。これはワザとだと思います。というのも、絶対に撮影はぶっ通しではなくて、カットを割って何日にも渡ってやっていますので」

柳下 「えーっ、本当ですか。寝ぐせじゃなくて」

新野 「寝ぐせだったら、最初のカットのところで直しているはずですから」

柳下 「すごく不思議ですね。それを誰か解明してくれればいいですのにね。なんで立っているのかっていうことを。キートンの映画は、本当に細かく見ていくと、見所、突っ込みどころが満載という感じがしますね。それでいてすごくロマンチックですね。大体いつも女性と一緒になってハッピー・エンドで終わりますものね。きっとロマンチストなのでしょうね」

新野 「チャップリンの映画ですと、結構皮肉な所で終わったりしますね。『街の灯』の最後は最初のプランと差し替えちゃっているんですよ。本当は目の見えなかった少女にとってチャップリンが恩人だったことを、彼女に最後までわからせないまま終わらせる予定だったそうです。出来上がった作品は、ああいう皮肉な結末になっちゃいましたものね。キートンは、アメリカンドリームみたいな感じで、必ずハッピー・エンドになりますね」

柳下 「型が決まっていると言えば決まっていて、最後が分かる。それでもいつもハラハラドキドキという感じですよね。これがひとつのキートンのスタイルなのでしょうか」

新野 「短編の頃から暗く見せないというところがありますね。いくらかダークなギャグはあっても、作品自体、絶対カラッとしていますね」

柳下 「あの笑わないキャラクターは、どのあたりからなのですか」

新野 「笑わないキャラクターは、自分で独立してプロダクションを作ってからですね。伝記によれば、人にあまり笑っていないということをたまたま言われて、アーバックルと一緒にやっていた頃の作品を見直したら、確かに顔の表情が少なかった。だったら、いっその事、独立後は無表情を売りにしちゃおうってことになったらしいです」

1 2 3

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)