柳下美恵のピアノdeシネマ2017~三大喜劇王特集④

『キートンのセブン・チャンス』キートン映画の秘密教えます

トリビア(2)柳下 「他に何かトリビアとかありますか」

新野 「『セブン・チャンス』は今のお金に換算しますと、大体10億円かくらいかっています。日本映画で考えると今でもかなり高い製作費と思うのですけれども、ハリウッドの映画でいいますと、そんなに高くはないのです。これは宣伝費とかも含まれた金額です。今のようにテレビとかありませんし、ラジオの一般放送にしてもこの作品の次の年からですので、ポスターや雑誌の広告だけで、やっています。ほぼ同じ年代に作られたチャップリンの作品『黄金狂時代』『巴里の女性』は、大体キートンの映画の3倍くらいの予算になっています。どちらの作品も、チャップリンは厳密に何回も撮り直していますので」

柳下 「じゃ、30億ということですね」

新野 「チャップリンの場合はほとんどがフィルム代にかかって、キートンの場合はギャグを練ったり、小道具を制作したりするほうにお金がかかっています」

柳下 「ギャグを練るのにお金がかかるのですか」

新野 「ギャグライターのギャランテイーですね。あと、お金がかかったのは、1回完成させたものをスニーク・プレビュー(覆面試写)といってタイトルとかも公表しないで一般試写にかけ、どのくらい反応があるかを調査する、ということがよく行われていましたが、この作品は、岩のシーンもそうですけれども、それで撮り足しをしたそうですね」

柳下 「それはどういうところでやるのですか」

新野 「劇場を借りたり映画会社の試写室とかでやったりします」

柳下 「大体ハリウッドでやるのですか」

arano(2)新野 「はい。ハリウッドでやります。実は岩のシーンっていうのは最初入っていなかったらしいのですよ。たまたま逃げていくところで石が1個か2個か転がって、キートンがそれで転んだところが、すごく受けたそうなんです。それで石の数を増やしてみよう、大きな岩にしてみようということになったみたいですね。最初はもしかしたら花嫁の数ももっと少なかったかもしれないですね」

柳下 「なるほど。結果、今ではそこが最大の見所になっていますものね。やっぱりお客さんの笑いって大切なんですね。みんなが受けるかどうかで作品が決まるのってすごいですよね。今もやればいいのに」

新野 「それは、どうでしょうねぇ」

柳下 「キートンの映画は結構そういうのがあるのですか」

新野 「ハリウッドではキートンの頃に限らず、以降もありました。観客がロードショーで気に入ったので、2番館に降りてきた時にもう一度観たらラストが違っていたということは、1970年代までありましたよ。韓国映画とか香港映画とかでも、ロードショーから降りてきたところで、監督が思い付きで変えちゃったりすることもありましたね」

柳下 「でも韓国映画も香港映画もそんなに古くないですよね」

新野 「インド映画はいまだにその習慣が強く残ってますね。だから字幕とか吹き替え版とかの仕事をやっている人はそれで困るのです。最初に翻訳用でもらった台本とか音源を使って準備を進めているのに、原版(フィルムやマスター・テープ)が届いて照らし合わせてみたら、バージョンが違っていたということがよくあって、結構苦労していますね。現代の日本映画では製作委員会っていう名目で予算を集めているので、お客さんの反応を窺っていちいち撮り直しをしていたらキリがなく、かつお金がすぐに無くなっちゃうので、そういうことはしなくなりましたね。映画の所有権が、製作委員会を作ることで分散しちゃっていますので、勝手には変えられない。むしろそれをやったら相当もめちゃいますね」

柳下 「ディレクターズ・カットとか、わりと芸術性とか作家性でやるものもあるじゃないですか。観客の反応で変えていくというのは、なんかそれとは違いますね」

arano(4)新野 「あと、実はこの作品リメイクされているってご存知ですか。1999年の『プロポーズ』(原題:The Bachelor)っていう作品です。やはり7人の花嫁候補みんなに振られちゃうというところは同じです。主人公がアタックかける女性陣にはブルック・シールズとか、マライア・キャリーとか、オール・スター・ムービーのような感じで出演しているんですね。ただ主役のクリス・オドネルは当然こんなに身体能力ありませんし、現代風にアレンジしていますから、岩のシーンとかはないんですけれども、ただ花嫁はリメイク版が物量で勝っているように思いました」

柳下 「でもそれはCGですよね」

新野 「いや、これは全部本当の人間を使っています。この1990年代のCGではまだそんなに精度が高くないわりに、画像作成費だけはメチャクチャ高かった。ハリウッドの映画ですからエキストラはいくらでも、という感じですかね。『キートンのセブン・チャンス』を気に入って、じゃリメイクも観てみようといっても、多分ガックリしちゃうとは思いますが。逆に初めて『プロポーズ』を観た人は、面白いとは思うかもしれませんが、その後でキートンを観ると、やっぱりオリジナルは何てすごいんだろうとなってしまうでしょうね」

柳下 「私もそんなものだとは思います。リメイクしたものを先に観ると、わぁーすごいなぁとは思いますものね」

新野 「リメイクを観てからオリジナルを観て驚いたのは『ベン・ハー』ですね。ウィリアム・ワイラー版も、大きなスクリーンで、何万人ものエキストラを使って、戦車のシーンを撮っていて、何て凄い映画だろうって思っていました。けれども、1925年のフレッド・ニブロ版を観たら、戦車競走のシーンひとつとっても、競技場のセットの規模もサイレント版のほうが断然大きいし、馬の数も桁違いなうえに、馬同士がぶつかって死んじゃったりするんですね。それで重要なシーンになると、カラーになります。何て絢爛豪華で凄いのだろうって思いました。実はそのオリジナル版の助監督をやっていたのが、ウィリアム・ワイラーで、元々彼は自分で1本立ちした時に、いつかはリメイクしたいと思っていたそうなんですね。でも僕らからすると規模があまりに違いすぎて、そんなことを考えるなんて馬鹿じゃないかと思ってしまったほど、凄い情熱ですよね(笑)」

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