柳下美恵のピアノdeシネマ2017~三大喜劇王特集②
柳下 「オーケストラのところ何人もキートンがいて、すごいですよね」
新野 「特殊効果として技術的には、初歩的なものではあり、ジョルジュ・メリエス監督が20年くらい前、19世紀になりますが、すでに『一人オーケストラ』(原題:L’Homme-orchestre)という作品でこれをやっています。メリエスの場合は、ギャラの関係で、出演者がみんな逃げちゃったので1人でやらざるを得なかったという都市伝説みたいな話もありましたが、キートンはこの作品を参考にして、ギャグにしたのだと思いました。というのも、この映画の撮影をした人間が、メリエス監督のカメラ助手だったのですね。8ミリフィルムで自主製作をされている方ならわかると思いますが、フィルムは光に当たらないと、露光して絵が写りませんので、それを利用しています。例えば画面の右半分を黒い幕で覆って、この状態で演技し撮影をした後に、フィルムを撮影した分だけ巻き戻して、今度は左側を覆って撮影する。すると現像後に出来上がったものは、同じ人が2人並んでいる画像になるのですね。ただそれにしても精度が高すぎて驚かされます。二重合成をした場合には、継ぎ目の部分でズレが出ます。特に横のラインが若干ずれたりするものです。それはなぜかというと、フィルムというのは一コマずつ縦に動きますので、縦に微振動が起きるものだからです。この作品には、それがまったく無いのですね」
柳下 「それはどうしてなのですか」
新野 「それで不思議に思って調べたところ、キートンはこの時、ミッチェルという最新鋭のカメラを使っていることがわかりました。ミッチェルというカメラには、画面を安定させるために、フィルムを駆動させるのと同時に1コマずつバチッと固定させるレジストレーション・ピンという部品がありまして、それによって画郭の揺れを無くしました。それともうひとつ、フェイドイン、フェイドアウト、あるいはオーヴァー・ラップという技術は、当時は現像後のフィルムに薬品を塗ることによってだんだん暗くするなど、現像所で職人が手作業でフィルムを加工していたのですが、ミッチェルは、可変式のシャッターで、ダイヤル式のツマミを回すとシャッターの角度を自在に開閉すことができまして、撮影時にフェイドイン、フェイドアウトができるのです。その応用で、フィルムを使った分だけ巻き戻しますと、オーヴァー・ラップも撮影時にカメラ内で出来ることになるのですね。なおかつフィルムが何コマ使ったかということも計器でカウントされていて、ピッタリ逆算できるようになっています。もしかしたら、キートンは撮影のため更に改造してもらったのかもしれませんが。それもありまして、特に舞台劇でキートンが2人並んでステップを踏んでいるところは、まったく左右の動きがずれておりません。バンジョーを弾いている人がリズムを取って合図を出していたそうですが、それだけでなくコマ数を数えて、助手の人なんかが踊りのタイミングを指示することによって、振り付けをピッタリ合わせていたのかもしれません」
新野 「ちなみに、ミッチェルというカメラ自体はとても高価だったので、日本では土井製作所という精密機器メーカーによりドイ・ミッチェルという、本家にそっくりな模造品(レジストレーション・ピンだけが特許部品のために装備できない)が作られて、長い間使い続けられておりました。1980年代までテレビ・アニメの製作現場では現役で使われていたのですよ。もうひとつ凄いのは、2階席のキートン2人が下の階のキートン2人にコーラをこぼしたり、飴を落っことしたりするギャグですが、別々に撮った映像にも関わらず、この上下の位置関係と時空間の応酬がカット割りによって、完全につながっているところですね。それがマルチ画面的で革新的な手法だなと思いました」
柳下 「キートンは、初めてのことをやりたい人だったのですかね」
新野 「おそらくそうですね。ロスコー・アーバックルが独立した時、彼はマック・セネットからミッチェルを譲り受けて、すでに使っていましたので、キートンはそこでこのカメラの基本構造を学んでいました。他にも応用出来ることがあるのではないかと思い付いて、この作品を作ったのではないかと思います。『探偵学入門』でも、カメラの機能を最大限に応用する技術がすごく、どういう風にやったんだろうって、映像業界でもいまだに不思議に思っている人が多いんです」
新野 「キートンのほうが背は低いです(笑)それは冗談ですが、チャップリンは基本的に自分のパントマイムを洗練させていく方向で、何回でもテイクを繰り返しているという感じです。キートンも先ほどの映画の中ではお猿さんになった時など、秀逸なパントマイムを見せますが、どちらかというと、革新的なアイデアを思いついたら実行したいという人でしょう」
柳下 「ひとつひとつの演技はチャップリンのほうが、完成度が高いということですね。チャップリンは、その後はストーリーもヒューマンなほうに行くじゃないですか。キートンは、方向を変えずにずっとそれを通していた感じですかね」
新野 「乱暴に言っちゃいますと、チャップリンは商売が上手だったということですね。時代の需要に合わせて映画の方向を変えていったということもあります。映画の技法が洗練されていくのに合わせて、彼は一発ギャグのパントマイムからストーリー重視のドラマへと乗り換えて成功したと思います。キートンの場合は、ある年代からMGMにコメディアン専任として雇われてしまったので、ハリウッド・システムに取り込まれて、キートン独自の創作能力が失われてしまいました。例えば、脚本は脚本家が専任で書くもの、ギャグはギャグ作家が専任で考案するもの、それでコメディアンとは渡された台本を忠実に演じる担当者という風なことですね。その制約から、チャップリンとは人生を歩む方向が、だいぶ変わっていっちゃったのですね」
※写真資料提供:©喜劇映画研究会&株式会社ヴィンテージ
≪新野敏也(あらのとしや)さんプロフィール≫
喜劇映画研究会代表。喜劇映画に関する著作も多数。
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