柳下美恵のピアノdeシネマ2017~三大喜劇王特集②

『キートンの即席百人芸』キートンのなんでそーうなるの?

柳下美恵のピアノdeシネマ2017、喜劇映画特集の第2弾は、バスター・キートン『即席百人芸』です。この作品実はいまひとつ意味不明のギャグが多く「なんでそーうなるの?」という疑問がどうしても湧いてくるのですが、ゲスト解説喜劇映画研究会の新野敏也さんが、そんな疑問に対して丁寧に答えていきます。サイレント時代の撮影方法の解説など、今回も貴重なお話満載です。

『キートンの即席百人芸』
ストーリー
hyakuyaku01_web (003)劇場で雑用係をやっているバスター・キートン。夢の中では自分が主役。オーケストラの演奏会では、指揮者もピアノもトロンボーンも全部自分が担当。お客さんまで皆全てがキートン。目が覚めてみれば、またいつもの雑用が待っている。ズアーブ兵の役で出演してくれる者たちを集めたり、逃げた猿の代わりに自分が猿を演じたり。出演者の双子姉妹の片方に惚れてはみたものの、あまりにそっくりで、どちらがどっちかわからない。そんなことで、果たしてこの恋は成就するのだろうか。

新野敏也さんによる上映前解説

次の作品は『キートンの即席百人芸』です。『一人百役』という別のタイトルもあります。その昔日本では、映画の輸入は、松竹とか日活のほかに小さな個人輸入の会社が全国にありまして、独自輸入もありましたので、邦題が色々あります。松竹で『キートンの即席百人芸』と付けたものとは別に、独自に地方の業者が輸入したものも存在しており、そこでは『一人百役』という別のタイトルで流通させていました。そのため新作と思って観に行ったら、タイトルが違うだけで同じ映画だったということが、当時実際にあったようです。

トークショー「キートンのなんでそーうなるの?」

柳下さん新野さん1

柳下さん、新野さん

coin-1-dollar_web (002)新野敏也さん(以下新野) 「最初に申し上げておきたいのは、この作品はキートンの映画の中でも異色なものだということです。というのはシークエンス(エピソード)ごとに観ると確かに面白いのですが、ストーリーを追っていくと、散漫で一貫性がないような気がしてしまうのです。仮説に近くなりますが、この作品のギャグの多くが、製作された年代との関係が原因だと考えられます。1つギャグを挙げると、作品の中でミンストレスショーが出てくるのですが、その中のジョークに「1ドルが台風で飛んで4つに分かれて25セントになった」とありますが、これは単純に1ドル札を計算上4つに割って25セントにしたという字幕翻訳もありましたけど、実際は1ドル銀貨が4つに割れたというところがミソになんです。この年に、第一次世界大戦終結記念の1ドル銀貨(俗称ピース・ダラー)が発行されておりますので、これを元ネタとしてジョークが考えられたものらしく、時代背景がかわからないと、正確にその面白さが伝わらないですね」

zouaves_web (002)柳下美恵さん(以下柳下) 「この楽譜も当時の曲ということで、ぜひこれを弾いて下さいと、新野さんに貸していただき、ズアーブ兵がパフォーマンスするシーンで使わせてもらいました。確かに雰囲気は合っているのですけれども、なぜなのって感じだったのですけれども」

新野 「この作品は1921年製作ですが、この年アメリカが個別にドイツ、オーストリア、ハンガリーと講和条約を結びまして、正式に第一次世界大戦が終わりました。実はキートンは第一次世界大戦に従軍しておりまして、多分その時にキートンも吸っていたのではないかと思われるのが、劇中舞台監督が「役者(ズアーブ)を連れて来い!」というとキートンがタバコを差し出す勘違いギャグがフランスのタバコZIG-ZAGです。このタバコのパッケージの図案がズアーブ兵なのですね。実は今まで、なぜこの作品にズアーブ兵が出てきたのか、すごく不思議に思っていました。ズアーブ兵というのは、第一次世界大戦だけでなく、ボーア戦争にも参加していますが、フランスが雇った、チュニジアとかモロッコの傭兵です。zigzag_
このタバコのパッケージの図案のとおり、ズアーブ兵の特徴は黒鬚を伸ばしているということです。ただこの映画が散漫だなと思ったのも、まさにその部分なのです。ズアーブ兵がステージでパフォーマンスをした後に、男が鬚を付ける楽屋のシーンとなって、鬚が火事になるギャグへと続きますが、シークェンスとして順番が逆ではないかと思いました。そうでないと、舞台上のズアーブ兵が鬚を着けていないことが、理由として成り立たないんですよね。またなぜキートンはこの作品で、アメリカでは一般的ではないズアーブ兵を使ったのだろうかということ自体も疑問に残ります。そこで調べてみましたら、この映画はニューヨークのスタジオで撮影された作品ですが、製作当時ニューヨークの舞台で、マナ=ズッカというピアニスト兼パフォーマーが「ズアーブ兵の訓練(The Zouaves’ Drill )」という曲を作りまして、大ヒットを飛ばしていたということがわかりました。おそらくキートンがその演奏を見ているか、その曲をイメージして、このシーンが作られたのではないかと思うのですね。それで柳下さんに楽譜を渡して、今日実演していただいたんです」

柳下 「自分ではピアノを弾くときにそこまで調べることはないので、なるほどと思いました。さすがだと思います。雰囲気はすごく合っていましたね。でも今の人にはズアーブ兵というのがよくわからないですよね」

新野 「ニューヨークで上演されてヒットした曲ですので、それ以外の地域では、多分、観客はこのギャグの本当の意味は、何のことかわからなかったかと思います。そもそもZIG-ZAGというタバコも第一次世界大戦後にフランスへ従軍した男たちがアメリカへ持ち帰り広めたばかりの時期でしたので、タバコを吸わない人にこのギャグはわからないですよね。キートンが従軍してフランスの戦地にいた関係で、考案したと思うのですけれども」

柳下 「確かに、劇場の人からズアーブ兵を呼んでくれと言われたキートンが、なんで工事人夫にタバコを見せているのか全然わからなかったですけれども、それで腑に落ちました」

新野 「元々このことに触れている文献もなく、ある方が活弁でこのシーンをやる時に相当悩んだそうなのですね。20年前にうちの会にいた人間が字幕翻訳をしてビデオを発売した時も、当時はインターネットの検索もそんなに精度が高くなかったので、調べようもなく、「ハイライト(=主役という意味でのこじつけ)」に意訳してタバコを見せる和風アレンジの駄洒落にしました。今回調べ直して、何とか結論にたどり着いたところです。

柳下 「この作品はアヴァンギャルドで筋があるようでないような。確かにその当時は面白かったのかもしれないけれど、この関連性は何みたいなところが急に出てくる感じがしましたね」

新野 「結局この作品は、まず特撮をやりたいということがあったと思うのです。その後に、ストーリーを完結しなければいけないということで、断片的に思いついたギャグでつなげた感じがします。この映画は、公開が10月ですので、多分21年の8月か9月の撮影の筈ですが、8月に第一次世界大戦が完全に終わったということで、ズアーブ兵のギャグも思い付きみたいな感じで入れたのではないかと思います。残りのストーリーをどうしようということから、こうした散漫なギャグを組み上げていったとしか思えないのです。恐らく一番やりたかったことは、特撮なのですね」

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