『武曲 MUKOKU』熊切和嘉監督

「登場人物をたがが外れた境地にもっていきたい」

熊切和嘉監督

 時代は現代。なのに映画『武曲 MUKOKU』を観ていると、剣に魅入られた男たちが、より強い相手と自分の内面世界に立ち向かう侍映画に出会ったような感覚に陥る。
 主人公は、子どもの頃から警察官の父親に厳格な剣道の指導を受けて育てられた矢田部研吾(綾野剛)。幼い息子に日本刀を突きつけるような父の指導により、一目置かれる剣の実力者になった研吾だが、父にまつわるある事件をきっかけに酒浸りの生活を送るようになる。一方、羽田融(村上虹郎)はラップのリリック作りに夢中の高校生。研吾の師でもあった剣道の師範に出会い、その素質を見出される。溺死しかけた過去を持つ融は、研吾の狂気に触れ、研吾と戦ってかつて立った死の淵を再びのぞいてみたいと思うように…。そして二人はある嵐の夜、決闘の時を迎える。
 原作は、芥川賞作家の藤沢周による小説『武曲』。大きな熱量を持ったこの物語を映画化したのは、これまでも静謐さと狂気を合わせ持った作品を送り出してきた熊切和嘉監督だ。ロケ地へのこだわり、俳優の演出法など、熊切監督に撮影秘話をうかがった。


——なぜ本作の監督を引き受けたのでしょうか? この作品に感じた魅力は?

まず、現代の剣豪ものというのが面白いな、と。時代劇じゃなく、現代劇で剣に取り憑かれた男たちの話っていうのは見たことがないなと思いまして。剣道って規律や精神性を重んじる世界なのに、それにがんじがらめになって人生を踏み外していく人々が出てくるところに興味を持ちました。そして、最終的に彼らは、対決をきっかけに自分と向き合うことによって、新たな一歩を踏み出す。そういう話自体にも魅力を感じましたし、実はセリフ以上に、人間の肉体表現で語っていく映画にできるんじゃないかなと思ったんです。

——作品の舞台は鎌倉ということで、監督は撮影前に隣の逗子市に移住されたそうですね。その土地の空気をどっぷり感じることで、何か演出に違いは生まれるのでしょうか?

僕は結構、しつこく想定しているロケ場所に行って、動きなどをイメージしないと撮れないタイプなんです。鎌倉ロケだと、下手すると「東京から通いで」ってなることがあるわけですよ。それは嫌だな、と。そうなる前に先手を打って引っ越したんです(笑)。原作でも舞台になっていますが、鎌倉の切通し(きりどおし)であったり、細い階段の続く住宅地であったり、スタッフ間の「公式行事」としてのロケハンだけだと見切れなかった場所を自分の足で探すこともできました。鎌倉って昔の戦場ですから、冥界とつながる感じというか、死の臭いがするんですよね。この作品は死に取り憑かれていく話でもあるので、非常にふさわしい場所なんじゃないかなと思いました。

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