(ライターブログ)『エルミタージュ美術館 美を守る宮殿』
今回の映画の原題はHermitage Revealed……訳すとベールを脱いだ(明かされた)エルミタージュ、と言うべきでしょうか。そもそもエルミタージュはフランス語で「隠れ家」の意味なので、謎めいた印象ですね。さて、隠れ家と言ってもホンモノの美術館は圧倒的に広いようです。1764年、エカテリーナ2世(在位1762-1796)がベルリンの実業家から317点の絵画コレクションを得たことから始まったとされるエルミタージュ美術館。「コレクションごと買う」、今で言えば「大人買い」でしょうか? つまり、それだけの資金があったと言うことなのです。当時はエカテリーナ2世が集めた作品を自分や親しい人たちだけに見せるための「隠れ家」が、年数を経て膨大なコレクションを集めた宮殿に変わり、いまや世界遺産にも登録される美術館となったわけです。
このエルミタージュ美術館、私は行ったことはありませんがすごく派手だなと言う印象がありました。2014年のソチ五輪の時も感じましたが、ロシアにある建造物は巨大で、装飾もいささか仰々しいと言うか。これでもか!これでもか!という気迫すら感じるのですが、ロシア君主たちの心には、ヨーロッパ諸国の文化に追いつき、肩を並べたいという思いがあったのではと思います。ピョートル大帝がツァ-リズムを確立し大国となったロマノフ王朝のロシアですが、ヨーロッパ諸国から見ればまだまだ「田舎」。皇帝がヨーロッパ列強の王族の娘と結婚しようとしても叶わず。エカテリーナ2世自身も王家の出身ではなく、ドイツ貴族の娘に生まれロシア皇太子(のちのピョートル3世)に嫁ぎます。彼女のすごいところは、その夫をクーデターで追い落として皇帝の座に付いたところ。彼女の体にロシアの血は流れていないのですよね。そんな彼女の、ロシア文化の発展に力を注いだ思いが、コレクションに結実したとも思います。
「隠れ家」として始まってから250年。数々の戦争、ロシア革命、そしてソヴィエト連邦時代を経て、多くの困難を乗り越えてきた作品群。本作では、それらを命がけで守り抜いた学芸員たちがいたことをクローズアップしています。戦時中は強制労働をさせられるなど、美術品だけではなく彼らの身も危険に晒されていたことに驚きました。数々の美術館映画が公開される昨今ですが、いつも思うのは美術館ってまさにその国の歴史を背負ってるんだな、ということ。そして政治的なことにも結びついていると言うこと。本作でも、外貨獲得のために国が作品を売ったと言うお話も出てきますし、エルミタージュ美術館館長がプーチン大統領とともに国賓を案内している場面など見ると、なるほどなあと思いますね。
さて、今回は本作に登場した所蔵作品の中で、自分的に「おおっ!!」と思わずコーフンした作品をご紹介。レオナルド・ダ・ヴィンチの聖母子、も有名ですが……ジョルジョーネの「ユディト」(1504)です。ジョルジョーネ(1477-1510)はルネサンス期のヴェネツィアで活躍した夭折の画家。ティツィアーノの先輩格に当たり、ジョルジョーネの「眠れるヴィーナス」(ドレスデン美術館所蔵)は後世の裸婦像に大きな影響を与えたと言われます。彼の真筆と言われている作品は現在では6点しかなく、日本で特に人気のフェルメールの作品数より少ないわけですが、そのうちの一つがエルミタージュにある!のですね。ユダヤの街を侵略しようとするアッシリアの将軍ホロフェルネスを斬首した女傑として知られるユディト。彼女が踏みつけている将軍の顔はジョルジョーネの自画像とも言われています。絵画はエカテリーナ2世の治世に購入されていますが(1772年、これもコレクション単位)、豪傑な女帝にこれほど似合う作品はないのではないでしょうか。
エルミタージュ美術館の所蔵は300万点以上にのぼり、そのうち絵画は1万7000点。内容もイタリア・ルネサンスやレンブラントなどのオランダ絵画、ベラスケスなどのスペイン絵画、ルノワールら印象派、ピカソやマティスなどに至るまで多岐に亘ります。「ごった煮」のような印象を受けますが、それを収容できるのもエルミタージュならでは。そして私たちがこれら芸術に触れられるのは、一般公開されているからですね。個人のコレクションが、国の宝となり、世界に向けて公開される。「美を守る宮殿」が今後もそこにあり続けることを願ってやみません。
▼絵画▼
ジョルジョーネ「ユディト」(1504)
エルミタージュ美術館/サンクトペテルブルグ、ロシア
Judith Giorgio Barbarelli da Castelfranco
http://www.hermitagemuseum.org/wps/portal/hermitage/digital-collection/01.+Paintings/32196/?lng=en
ジョルジョーネ「眠れるヴィーナス」(1510)
ドレスデン国立絵画館/ドレスデン、ドイツ
Venere dormiente Giorgio Barbarelli da Castelfranco
4月29日(土)より ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開中
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