【TNLF】雪が降る前に

名誉殺人、その大いなる理不尽

k-yukiga-001イラクの貧しいクルド人の村で、近所の子供たちとサッカーに興じる少年の姿は、まだ幼さを残している。それにも関らず、父親が亡くなってしまったことで、少年は家長になってしまう。祖母も、年の離れた姉も、家長である少年がこうと決めたら、それに従わなくてはならないというその理不尽。少年は、家長の証である短剣をもらい、すっかり大人になった気分でいるが、姉の嫁ぎ先に、婚礼に関する儀式の延期を求めに行っても、大丈夫、明日予定通りに行くからと、軽くあしらわれてしまうというのが現実である。この作品は、国際的な社会問題となっている“名誉殺人”がテーマであるが、それがいかに理不尽なものであるか、なぜそれが止むことがないのか、その理由の一端が見えてくる。

少年は、婚家の人たちが来る日の朝早く、逃げ出してしまった姉を追いかけて、トルコまで行く。「家の名誉を汚したから殺さなければならない」と。彼自身、本気でそう思い、彼女に対して怒りの気持ちを持っているが、その思いは心の奥から出てきているものなのだろうか。

トルコへ密入国するための道筋、少年はトラックの石油タンクの中に隠れている。ビニールで身体や顔をグルグル巻きにし、息をするための穴だけを開けている。タンクの上部から伸びるワイヤーだけが、彼の命綱である。周りは光が入らず真っ暗闇。外の音にビクビクと気を配りながら、少年はタンクの中で右に左に揺られ続けている。この作品は時系列的には、姉の婚姻が決まった時が初めであるのに、敢えてこのシーンをファースト・シーンに持ってきている。それは、この場面が少年の置かれた状況を、最もよく象徴しているからである。すなわち彼の心は暗闇の中におり、本当のところは自分自身わかっていない。彼は村の大人たちによって、がんじがらめになり、ただ村のしきたりというワイヤーにすがって生きているだけだということを。

少年はトルコで、仲間と盗みを働き生活の糧を得ていた1人の少女と出逢う。どこか惹かれあう2人。父親の住むドイツに行きたい彼女と、トルコからノルウェーへと更なる逃避行をしていった姉を追いかける少年は、共に旅をすることになる。その時事件が起き、少年は密入国業者を密告してしまう。それは、少女を守るためにした行為であり、少年が初めて自分の意思で行ったことでもある。この時、皮肉なことに少年は、意識しているかどうかに関らず、自分が追いかけている姉とまったく同じ立場になってしまったのである。掟を破った者は、組織の名誉のために報復されなければならないという意味で。少年は、いつしか少女と一緒に暮らしたいという希望を持っていく。彼には姉の気持ちがわかり初めていたのではなかろうか。その時怒りは消え、義務を果たさなければならないという重い荷物だけが、彼を支配していたのではなかろうか。

少年の油まみれで真っ黒になった身体は、遥かノルウェーの地で、白い雪の中にまみれる。少年の心の中は浄化されたが、流された血の赤は、花嫁衣装の赤いヴェールへと繋がっていく。そこに個人ではどうにもならない愚かな伝統が、これからも連綿と続いていくことが強調されている。こんなことで幸せになったり、得になったりする人は1人もいないはずだ。それでも“名誉殺人”は後を絶たない。パキスタンでは、1年間に1100人もの女性が“名誉殺人”で殺されたという記録も残っている。その問題の根底にあるものが何かを、この作品は端的に指摘してくれている。

トーキョーノーザンライツフェスティバル 2017開催概要

映画祭会期:2017年2月11日(土)~2月17日(金)
会場:ユーロスペース
イベント会期:2017年1月21日(土)~2月19日(日)
主催: トーキョーノーザンライツフェスティバル実行委員会
公式サイト:http://tnlf.jp/ (映画祭以外にもイベントが盛りだくさん。詳しくはこちらから)
※1/21(土)のオープニングイベントではラース・フォン・トリアーの「キングダム」イッキミ!を開催するほか、切り絵作家アグネータ・フロック展やアイスランド写真展、音楽イベントなど盛りだくさん。来日ミュージシャンによる伴奏付きサイレント映画の上映も!
Face book:https://www.facebook.com/tnlfes
Twitter:https://twitter.com/tnlfes
※前売り券はe+(イープラス)のWEBサイトにて販売中。前売り券は作品、日時指定でご購入いただけます。全席自由席、各回入れ替え制で、上映開始10分前から整理番号順のご入場となります 。整理番号をご確認の上、必ず開場時間までにお越しください。

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